「爆豪くんいますか?」
「おい!!!お前に女子が!!可愛い女子が来てるぞ!!」
「あ?」

 その女との二度目の邂逅は、体育祭の数日後であった。臆することなくヒーロー科を訪ねて来た経営科の女に、モブどもは沸いている。

「何の用だ」
「一位おめでとう!予想通りだけどお祝い言いに来た」
「お前に祝われる筋合いはねーよ!!別にお前のためでもねえ!!」
「人の好意を無碍にする天才だね」

 さらりと自分の暴言を交わしたその女は、手元の紙袋を押し付けた。

「はい、お礼。大したものじゃないけどどうぞ」
「はあ!?だから別にお前のためじゃねーよ!!」
「いいからいいから。いらなかったら家で捨ててね、目の前だと悲しいからね」
「はあ!?!?」

 紙袋を強引に押し付けられる。そもそもあの一位には納得していない。俺は、完膚なきまでに半分野郎に勝ちたかったのだ。それなのに舐めた真似しやがってあの野郎。思い出すとまた苛立ちが募る。その様子を悟ったのか、目の前の女は呟いた。

「不本意そうだね」
「あ?」
「閉会式も暴れまくりだったもんね」

 舌打ちをして睨みつける。だがその女はひるむ様子はない。

「わたしはどっちでもいいけどなあ」
「はあ!?わかったような口聞いてんじゃねーよ!!」
「轟くんが本気を出す前提で爆豪くんに賭けてたからね。どっちにしろ爆豪くんが勝ってたでしょ」
「……は、」

 思わず目を見開いてしまった。この女は、何を言っているのかと。

 この女は俺の何を知っているのだ。何も知らないだろう。それなのに、俺の勝利を確信している。何も知らないくせにと詰りたい思いよりも、俺の勝利を、自分の予想を信じている点に、思わず毒気を抜かれてしまったのだ。

 口を開く。何を発すればいいのかわからない。その時だった。その女が口を開いたのは。

「あ!飯田じゃん!!久しぶり!」
「…あ、ああ!名前ちゃん、久しぶりだな!」
「元気!?」
「ああ」
「そっか、それならよかった!またご飯行こうねー!」
「そうだな」

 俺の後ろにいる男と会話をした後、その女はまたもや俺に向き直る。思わず目を鋭くした俺に、その女は呟いた。

「同中なんだー」
「…はっ、てめーもクソエリートかよ」
「わたしは馬鹿だよ」
「はあ?」
「それより、飯田元気なくない?大丈夫かなあ」
「知るかよ」
「そっか。じゃあありがとね。来年も爆豪くんに賭けるかわかんないけど、そのときはよろしく!」
「はあ!?」
「じゃあねー」

 その女はひらひらと手を振り、踵を返す。その様子に、思わず手が伸びそうになった。そこでようやく我に帰る。手を伸ばす?何故俺があんな端役に。そもそもあの女とはもう来年まで会うことはないだろうし、あの女が来年また、自分に賭けるかどうかはわからない。そこまで整理して、どうしようもなく苛立ちが募った。俺に賭けるかわからない?ふざけるな、来年も俺が勝つに決まっているのだ。

 追いかけて、怒鳴りつけて、詰りたいと思った。そうすればきっと、この苛立ちもいくらかは発散できる。そう思った瞬間だった。アホ面に声を掛けられたのは。

「あれ、経営科トップの子だろ?可愛いよなーいいなー爆豪。紹介して」
「あ?トップ?」
「今年はすげーレベル高い子がいるって。顔も頭も」

 まあ、たしかに、顔は悪くない。

「別に、どうでもいい」
「まあ何が一番すげーって、あの子の個性だよな」
「あ?個性?」
「あの子って、確かーー」
「おい!そろそろ席につけ!」
「飯田うるせーな」

 その話はそれで終わった。他人の個性など、敵でない限り興味はない。あの女が自分にとって敵になることはきっとあり得ないし、なったところで大した問題ではない。だけれど、どうしてか。無性に、気になってしまった。

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 その女との三度目の邂逅は、職場体験の後であった。正直一年後まで会うとは思っていなかったので驚いた。同時に、寝て忘れていたその女の個性が何なのかという疑問がむくりと沸く。だけれどその女の関心は、俺には全く向いていなかった。

「飯田!怪我大丈夫だった?」
「名前ちゃん!ああ、平気だ」
「入院もしてたんでしょ?ヒーロー殺しっていうのも……」
「全て解決した。周りには迷惑をかけたけれど」
「無事でよかったよ!怪我も個性も大丈夫?」
「ああ、何とか」
「よかったー!」

 その女の瞳は、その男だけを映している。心配そうに同じ中学のその男を見つめるその姿に、どうしようもなく腹が立つ。理由はわからない。だが、胸糞悪い。怒りに任せて机を爆破しようとしたところで、その女は振り返った。

「あっ爆豪くんだ。久しぶり」
「あァ!?」
「ベストジーニストのところ行ったって本当?わたし、ファンなんだー」
「はァ!?どこがいいんだよあァ!?」
「オシャレじゃん。流行の最先端って感じ」
「どこがだよ」

 あの髪型のどこが最先端だというのか。そう思い眉間に皺を寄せると、その女は笑った。

「身になる体験だった?」
「意味なんてねえよ」
「えー」

 その女はそう笑った後、呟いた。

「いいなあヒーロー科。楽しそうだね」
「………お前の個性は何なんだよ」

 突如として思い出した疑問を、口に出す。そういえばこの女の個性が気になっていた。俺の疑問に、その女は呟く。

「何だと思う?」
「はァ!?知るかよ」

 俺の言葉に目を細めて笑った後、その女は俺に手を振る。

「じゃあね、爆豪くん」

 そのまま教室から出ていく女を見て、俺は隣のモブに向かって口を開く。

「オイ、あいつの個性って何だよ」
「名前ちゃんの個性?それは自分で聞くべきだろう」
「聞いても言わねーからお前に聞いてんだよ」
「………俺の口からは言えん」
「はァ!?」
「自分で聞け」

 何で俺が。言えよ端役が。口に出そうとした文句は、チャイムの音にかき消された。

(170301)