「何の個性も持たない、無抵抗な一般人を狙うなんて許せませんね」
「個性を持たない方は、なるべく不必要な外出は控えてください」
「これは人種差別の一種ですよ。酷く前時代的だ」
「以前に他国がある特定の民族を迫害していた歴史があるでしょう。あれのようでぞっとしますよ。まるでホロコーストだ」

 連日、報道されるのは無個性ばかりを狙う敵の話題ばかりだ。敵は巧妙な手口で警察から、ヒーローから逃げているようである。被害件数が二桁を超えたことを知り、名字名前はため息を吐く。

「しかし見た目だけで個性を持つかどうかはどのようにして判断するのでしょうか」
「難しいところですね。中には外見に特徴が表れており、一目見ただけで個性がわかる方もたくさんいらっしゃいますが……」
「それこそがジギタリスの個性なのでは?」

 メディアでディスカッションを繰り広げている彼らが、“無個性”ではないことは一目瞭然であった。自分は個性を有しているから、被害に遭うことはない。そう高を括っている様子を、無個性である名字名前は感じ取った。

 恋人の家で軟禁生活を強いられている女――名字名前は、歪な笑みを浮かべる。楽しそうに討議しやがって。狙われる可能性がない人間は気楽なものだと。だが、彼らからすれば我々無個性の方が気楽に見える場合もあるのだろう。

「最近は実質、無個性の人たちは仕事に来なくていい、学校にも来なくていい、ジギタリスが捕まるまで自宅待機っていう雰囲気があるじゃないですか。それはわかりますよ。狙われてるから。だけど、それも僕たちからしたら差別的っていうか……」

 気楽なものだ。街頭でインタビューされている一般人のコメントを見ながら、名字名前はソファに沈む。無個性が優遇されている風潮に、無個性に世間が過保護になっている雰囲気に、不満を持っている様子が見受けられた。こちらは命を狙われているのだ。優遇されて当たり前だ。敵に狙われる可能性が十二分にあるのに、今まで通り仕事へ出ろというのか。そう不満に思いながらも、思考は勝手に“自分が無個性ではなかったら”と後ろ向きになってしまう。


「勝己くん」

 恋人は酷く忙しそうだと、名字名前は思う。ヒーローはいま、世間を騒がせている敵から市民を守るため、パトロールや警護に駆り出されているらしい。十年前に世間を騒がせた「ヒーロー殺し」とはまた違う。今度の敵は自衛できるヒーローを狙っているのではない。自衛ができぬ「無個性」を狙っているのだ。

 名字名前は、そう考えて目を瞑る。一人きりの昼間が嫌いだった。夜は眠ればいい。だが、昼間はどうすればいいのだ。どこに行くにも危険が伴い、塩がなくなったことに気付いても自分一人で買い物に行けない。情けないと、名字名前はため息を吐く。

 ――自分の恋人は、こんな自分が重荷ではないのだろうか。名字名前はそう思った。個性がないことに引け目を感じていた自分を、どうでもいいと許容してくれた恋人を、名字名前は愛している。我儘も言うし、言うことも聞かない。尽くさない。だけれど、名字名前は常に「無個性だから」という理由で爆豪勝己に捨てられることを恐れていた。恐れているなら尽くして捨てられぬよう機嫌を取れよという話である。だが、名字名前は爆豪勝己が尽くさない自分を気に入ってくれている事実を知っている。どんな自分でも、尽くさない、個性を持たない自分でも、許容してくれる爆豪勝己を、名字名前は心の底から愛してるのだ。

;
「ただいま」
「おかえりなさい」
「………どうした」
「何でもないよ」

 自分の恋人が日に日に弱っていくことに、爆豪勝己は気付いていた。日を重ねるごとに、敵による被害が増えるごとに、自分の恋人が生気を失っていくことに。

「お風呂も沸いてるし、ご飯もできてるよ」
「………」

 この女はここまで自分に尽くす女だったか。従順な女だったか。いや、そんなことはない。爆豪勝己は呟く。

「………らしくねーな」
「尽くせって言ったの勝己くんじゃん」
「………」

 尽くされるのは悪くない。だが生気のない彼女を見るのは、弱弱しい笑顔を見せる彼女を見るのは、もうたくさんだと思った。それならば普段のような、尽くさないこの女の方が何百倍もマシだと。

「………すぐに捕まえてやるわ」
「うん」
「そしたらもう塩は買いに行かねえからな。自分で買え」
「お米は重たいから勝己くんが買ってきてね」
「はァ!?」
「そもそも平和になったらお家に帰るよ」
「はあああああああああ!?」
「えっ何でキレるの」
「キレてねーよ!!!!」
「えー」

 このまま同棲に持ち込もうと思っていたプロヒーローは、恋人の言葉にブチ切れた。だがその様子を楽しそうに見ている彼女の表情は、先ほどの覇気のない表情とは違う。それに心の奥底で安堵していると、彼女のスマートフォンが音を立てた。

「あっ飯田からだ」
「あァ?」

 どうやらメッセージが入ったらしい。名字名前は興味深そうに目を丸くして読んだ後、楽しそうにつぶやいた。

「飯田のパパの誕生日会があるんだって!」
「はァ!?誕生日会って‥……ガキかよ」
「ホテルの上の階で貸し切ってやるんだって!よかったらわたしと勝己くんもって!」
「日にちは」
「土曜」
「仕事」
「………そっか」

 仕事ということは、自分も行けないだろう。明らかにしゅんとした様子の恋人に、爆豪勝己は目を細める。そして呟いた。

「‥……ここまで迎えに来させて、帰りは送らせろ」
「え」
「その会はどうせヒーロー関係者が来るんだろ。だからといって気を抜いて一人になるんじゃねーぞ」
「………え」
「気晴らしに行ってこいっつってんだよ」

 この状況で、彼女が塞ぎ込んでいなければ、爆豪勝己は彼女を一人で行かせるはずがなかった。幼馴染の男に迎えに来させるのも、送らせるのも、癪で仕方ないからだ。だけれど名字名前は精神的に参っているようであるし、ガキくさい誕生日会にでも行けば、多少は気が晴れるだろう。彼女の幼馴染の父親の誕生日会ならば、ヒーロー一家なのだから客もヒーローばかりで安全だろう。気が進まないが仕方がない。要約すると、爆豪勝己は恋人のために大人になったのであった。

「行っていいの?」
「……」
「嬉しい!勝己くんありがとう!」
「………」
「何着てこうかな!靴はこの間買ってもらったジミーチュウにするね!」

 久しぶりの外出に騒ぎ立てる様子を横目で見ながら、爆豪勝己は鍋の蓋を開ける。そして呟いた。

「またカレーかよ!!」
「カレーは二日目からが本番だから」
「はァ!?」
「あとカレーじゃなくてカリーね。チキンカリー」
「昨日はお前カレーっつってただろーが!言い直してんじゃねーよ!」

(170622)