「ご注文はお決まりですか?」

 ドライブスルーのスターバックスは便利である。名字名前は、ドライブスルーで運転席の男が口を開いたことは一度もないと知っているので、助手席から身を乗り出して呟く。

「本日のコーヒーと、新しい商品の……フラペチーノの方で!」

 ぐっと身を乗り出して、マイクに向かって話している。不安定だからか運転席の男の肩に手を置いている。どうして運転席の男が注文をしないのか。効率的でないにも程があるが、男は自然と近くなる彼女との距離を悪くないと思っていた。そして注文も面倒だ。飲みたいのはお前なのだから好きにしろとでも言いたげな風貌である。

「今日の撮影楽しかった?」
「楽しくねーよ」
「可愛かったじゃん。あの新人ヒーローの子」
「別に普通だろ」

 そういえば帰り際に、この女の個性について引いたような顔をしていたな。無個性の女を隣に置いてから数年が経つが、爆豪勝己としては個性の有無は心底どうでもよかった。個性があってもなくても、きっとこの女には自分の個性が使えない。なくても使えないのだ。あっても使えないだろう。そもそも自分よりも優れた人間などいないと自負しているのだから、隣の女が無個性だろうが取るに足らない問題だ。心底どうでもいい。

「あ、ありがとうございます」

 黙って会計をし、商品を受け取る。名字名前は人当たりのいい笑顔を浮かべ、店員に丁寧にお礼を述べた。つられて店員も照れたような笑みを浮かべている。爆豪勝己は店員の性別が男だったのですぐさま威嚇し、車を走らせる。

「これ初めて飲むんだー」
「甘そうだな」
「美味しい!勝己くんも飲む?」

 女はストローを差し出す。タイミングが良く信号が赤へと変わったので、男は差し出されたプラスチックのカップをスルーし、女の唇に噛みついた。

「………甘、」
「ちょっと、運転中だし撮られたらどうするの」
「どうもしねーよ」
「それもそうか」

 女は納得したらしい。確かにと頷く。その様子を見ていると、男は先ほど同期の事務所の後輩が言っていた腹の立つ台詞を思い出した。「一般人との恋愛は上手くいかない」馬鹿馬鹿しいと思ったが、口を開く。

「お前は」
「うん?」
「………俺が敵と戦ってんの見て、何か思ったりすんのか」

 口に出した瞬間、その言葉は酷く陳腐にその場に響いた。男は舌打ちをする。女は目を瞬かせる。

「不安になったりするってこと?」
「……」

 沈黙は肯定である。

「しないよ。だってどーんと構えてるって約束したじゃん」
「………」
「勝己くんが勝つって思ってるから心配してない」

 女は今日の天気でも呟くかのような口ぶりである。

「それよりも勝己くんに捨てられないか心配だよ」
「あ?」
「勝己くんが負ける確率よりもわたしが捨てられる確率の方が高いじゃん。それなのに心配するはずないでしょ」
「ゼロだろ」
「え?」
「両方ねーわ、馬鹿かよ」

 信号を確認し、再度隣の唇に噛みつく。

「………もう、」
「あ?雨だし撮るやつなんていねーだろ」
「それもそうか」

 名字名前は笑う。そして天気のことでも呟くように、口を開いた。

「勝己くん」
「あ?」
「ありがとう」

(170511)