「久しぶりだな爆豪!髪型変えたか?」 「たいして変わってねーだろお前はそろそろ変えろよ切島」 「これが俺のアイデンティティなんだよ!」 尊敬するプロヒーローの先輩方のやり取りに、わたしは目を輝かせる。今日は雑誌の取材なのだ。“タフネス特集”らしい。自分の個性が身体の強さを売りにするものでよかった。本当によかった。そう思いながら、事務所の先輩の切島さんと話している、ずっと憧れていた爆豪さんを見つめる。どうやら二人は同期らしい。正直羨ましくて仕方がない。わたしは、テレビで雄英体育祭を見た時から、爆豪さんの、ファンなのだ。 事務所が違うと話す機会も殆どない。たまに現場で鉢合わせることもあるが、会話になることなどない。仕事中なのだ。だからこれは嬉しい誤算であった。まさか憧れの人と対談ができるとは。そう思いながらも我々忙しいヒーローの対談なんてものは、用意されたコメントをチェックし、何枚か仲睦まじい写真や話しているような写真を撮られるだけである。 「あ、こいつ。俺の事務所の後輩」 「初めまして!わたしは」 「あ?興味ねーよ」 一刀両断である。そんなクールなところも素敵だ。わたしはどうにか会話を繋げようと爆豪さんに話しかける。今日は撮影も取材も終わり、直帰するだけだ。三人で並びながら取材が行われたビルの出口へ向かう。 「あ、あの!わたし、ずっと爆豪さんのファンで」 「ファン?」 「マジかよ!よかったなあ爆豪。女ウケ悪いもんな、轟と違って」 「悪くねーよいいわ!」 「いやよくねーだろ」 茶化してくる先輩を横目に、わたしはさらに言葉を繋ぐ。 「か、彼女とかいるんですか!?」 体も心もタフネスに。それがわたしのモットーである。恋愛に於いてもそうだ。わたしは自分で言うのもなんだが、ガツガツ行くタイプである。 「関係ねーだろ」 爆豪さんはわたしのプライベートにも程がある質問を一蹴した。否定もしないし肯定もしない。これはどっちだ。目を細めるわたしに、先輩は呟いた。 「まだあの子と付き合ってんのか?あの経営科の無個性の」 「お前にも関係ねーだろ」 「関係あるだろ!!友達だろ!?漢の友情で結ばれてるだろ!?」 「うるせーな」 「つーかお前が否定しないってことはまだ続いてんだな」 爆豪さんは先輩の言葉に黙る。わたしは彼女がいるということにショックを受けながら、気にかかった言葉を呟いた。 「………無個性?」 「あ?文句あんのかよ」 「え、い、いえ!別に!」 わたしの小さな声はしっかりと爆豪さんに届いているようであった。その言葉を口にした瞬間、殺気立った目で睨まれた。ファンでありながらも怖いと思うレベルで。 えっ無個性?プロヒーローの彼女が?マジで?わたしは表情に出さないように心の中で思う。ヒーローはヒーロー同士で結ばれることが多い。お互いの境遇や、身体や心の強さが似通っているからだろう。一般人にはわたしたちの仕事を全て理解することはきっと難しいし、逆もそうだ。わたし達は一般人の心がわからない。 とはいいつつも、やはりプロヒーローが一般人と結ばれるケースもある。だけれどその一般人も些細な個性は有しているだろう。だけれど、爆豪さんの彼女は無個性。マジかよ。 「い、一般人との恋愛って上手くいかなさそうだなーって」 「あ?殺すぞ」 「オイ爆豪俺の後輩だから」 「だって、恋人が危険な目にあってたら辛いじゃないですか」 殺すと言われたが、口を閉じることはできなかった。わたしの言葉に爆豪さんは何か言いたげに口を開く。その時であった。明るい声が聞こえたのは。 「勝己くん!」 「………あ?ンでいるんだよ」 「雨降ってるけど傘忘れたでしょ?近くまで来る用事があったから届けに来たの」 「車だし別に傘なんてなくてもいいわ」 「駐車場まで距離あるじゃん」 「うるせーよ」 ビルの入り口にいたのは、どうやら爆豪さんの彼女のようであった。黒い紳士用の大きな傘を持ち、シンプルなワンピースを着ている。わたしの隣の先輩が二人を見て口を開いた。 「あ!!爆豪の!!」 「ん?……あー!切島くんでしょ!久しぶりー!わたしのこと覚えてないでしょ」 「覚えてるって!名前は忘れたけど!」 「やっぱり忘れてるじゃん」 「綺麗になってて気付かなかったぜ」 「あ?殺すぞ」 「何でお前がキレてんだよ!」 「綺麗って言われて嬉しい」 「……行くぞ名前、車まで傘貸せ」 「もう仕事終わったの?」 「直帰」 「珍しいね!じゃあスタバ寄って帰ろうよー」 爆豪さんとその彼女は並んでビルから出ていく。こんな白昼堂々とプロヒーローが恋人と並んで歩いていていいのか。そう思ったが、爆豪さんのコスチュームは一応目が隠れているし、私服は案外普通である。私服だと気付かれないのかもしれないなあと考えながら、わたしは隣の先輩に向き直る。 「わたし、爆豪さんってすごい人だと思ってたし、すごく憧れてたんですけど」 「あいつ性格に難ありすぎだぞ」 「だけど普通の人ですね」 黒い傘に二人で入り、彼女が濡れないように傘を傾ける姿はとてもじゃないがプロヒーローには見えない。個性が爆破である人物にも見えない。ただの普通の、彼女が大切な男の人に見える。わたしは幻想に憧れていたのだろうか。 「あの子の隣だと爆豪はいつも普通に見えるんだよなー」 「そうなんですか?」 「普通ヒーローに傘なんて届けねーだろ。あの子が爆豪を普通に扱ってるからかな。あいつ彼女の前では個性使わねーし」 「そうなんですか?」 「彼女には絶対に勝てないらしい」 「………そうなんですか?」 「幻滅したか?」 「そうですね」 わたしは先輩の言葉に頷く。 「だって普通の男の人ですもんね」 (170508) |