「終ったね期末テスト!どうだった?」
「別に普通」
「ヒーロー科は合宿があるんだよね?準備とか大変だね」
「ンで知ってんだよ」
「さっきA組みんなで買い物行こうって騒いでるの聞こえた。爆豪くんも行くの?」
「行かねーよ」
「行けばいいのに。わたしも誘われたよー」
「……あ?あいつらにか?」
「違う違う。B組の子に。テスト終わったら遊びに行こうって」
「………あ゛?」

 偶然教室の前を通りかかったという目の前の女の言葉に、眉間に皺が寄る。

「テスト終わったし、やっぱり遊びたいよねー」
「………どのモブだ」
「え?」
「どのモブに誘われたって聞いてンだよ!」

 俺の前の席を持ち主に許可も取らず勝手に借りているこの女の前では、個性はなぜか使えない。本当は目の前の自分の机を爆破したいところであったが、この女の目前では個性は働かない。掌を後ろに向けて爆破すると、モブ共のひそひそと話す声が聞こえた。

「爆豪、彼女にたいしても怒鳴るんだ……」
「つーかいちゃついてるだけじゃね?」

 目の前の女は目を瞬かせ、呟いた。

「爆豪くん、B組の子の名前言ってもわかるの?」
「………」

 この女はごく稀に正論を呟く。この女の言う通り、名前を言われてもどのモブか判別がつかない。

「………男か?」
「そうだね」
「断れ!!」
「断ったよ」
「は?」
「だって失礼なんだもん。その子の個性、コピーなんだって。だから一番近くにいる彼女の個性をコピーすることが一番多いじゃん?」
「………あ?」

 コピーという言葉に、一人該当する人物が浮かぶ。体育祭の件を思い出し、腸が煮えくり返る気がした。

「彼女の個性に飽きたら嫌だし、いろいろと面倒だから無個性なわたしがいいんだって。馬鹿にしてるよね」
「………」

 大声で何か文句を言おうかと思ったが、やめた。この女の声色が、酷く冷たいものだったからだ。どうやらこの女は珍しく、怒っているらしい。

「わたしは好きで無個性じゃないのに」
「………」

 俺は思わず口を閉じる。この女の面倒なところだ。何てことはないとでもいうような表情と声色をしているが、内心は酷く気にしている。こういう時は何を言っても無駄だろう。そう思いじっと目の前の女を見ていると、その女は口を開いた。

「………爆豪くんは」
「あ?」
「わたしが無個性でも個性があってもどっちでもいいんだよね?」
「どうでもいいわ」
「何で」
「………別にお前はお前だろーが」

 面倒な女である。そう思い怒鳴ろうかと思ったが、理由を問うこの女の声色があまりにも弱弱しく響いたので、怒鳴る気も起きなくなってしまった。俺の言葉に目の前の女は目を瞬かせた後、笑った。

「爆豪くんが合宿から帰ってきたら、どっか行こうよ」
「あ?ンでだよ」
「夏だし花火とか、海とかよくない?」
「疲れるだろーが」
「考えておいてね!」

 そう言い残し、名字名前は教室から去っていく。その様子を見ていた黒目が、呟いた。

「爆豪の彼女可愛いね」
「あ?彼女じゃねーよ」
「えっ彼女じゃないの?」
「だから言ってンだろーが!」

 掌を爆破させると、黒目は少し引き気味で呟いた。

「あの子が彼女じゃないなら、あんなこと言う資格なくない?」
「あ?何をだよ」
「男だったら断れって。彼氏でもないのに」
「………は」
「確かに漢らしくねーよな」

 切島をとりあえず爆破した後、舌打ちをする。確かに黒目の言葉は正論の様に聞こえる。だが、事実だ。だけれどあの女との関係を変えるつもりもないし、あの女もきっとそれを望んでいない。他人に好き勝手言われるのは、酷く腹が立つ。自分のこともそうだし、あの女のこともそうだ。自分以外の人間に初めて覚えた感情を吟味しつつ、俺は掌から汗を流す。

(170503)