「自分が絶対に勝てない相手に変化する?」
「絶対に勝てない相手って」
「相手の深層心理を読み、自分が絶対に勝てない相手に変化する。それが今日来て頂いた外部講師の方の個性だ」

 くだらねえ。絶対に勝てない相手なんて、俺にいるはずがない。そう思いながら頬杖をつきながら仰々しく外部講師とやらの個性を紹介するオールマイトを見る。「今日のヒーロー基礎学はスペシャルゲストを招いている!」と、オールマイトは序盤から張り切っている。

「世の中には様々な個性を持つ敵がいる。ヒーローには精神的にも強くなることが必要だ」

 尤もらしい理由をつけ、オールマイトは隣の外部講師を紹介する。全身黒いフードで包まれたその外部講師の姿は、道で歩いていたら一発で職質されるほどに怪しい。俺でも職質するわ。ヒーローには見えない。

「くだらねえ」
「爆豪にはいなさそうだもんな、絶対に勝てないと思ってる相手」
「いるわけねーだろ」

 切島の言葉を鼻で笑いながら、トップバッターであるデクの様子を見る。今日は順番にその外部講師と一対一で模擬戦闘訓練を行うらしい。どいつに化けようが、倒してやる。

「緑谷少年!」
「お、オールマイト………」

 デクの“絶対に勝てない相手”はオールマイトのようであった。黒いフードを脱ぎ、現れたのは紛れもない平和の象徴だ。全盛期の頃ならまだいい。だが、現れたのは現在の姿のオールマイト――、つまり、痩せ衰えた姿の平和の象徴であった。甘い考えを持つデクには、攻撃できるはずがないだろう。

「天晴兄さん!?」
「………クソ親父……」

 各々、“絶対に勝てない相手”というのはいるらしい。自分が尊敬する相手や、忌み嫌っている相手が多いようだ。俺には誰が来る?オールマイトか?確かにオールマイトには憧れている。だが、“絶対に勝てないか”と問われれば答えは決まっている。絶対に勝てない相手なんて、存在するはずがない。いずれは超えるべき目標だ。

 次は漸く俺の番だ。誰が来る?誰が来ても、ぶっ飛ばしてやる。そう思った瞬間だった。黒いフードから現れた、見知った姿を捉えたのは。

「………は、」

 自分の口から、情けない声が漏れる。フードを取ったその女は、俺に向かって歩いてくる。そして唇を開き、呟いた。

「勝己くん」

「名前ちゃん………」
「あれ、爆豪の彼女じゃん!」
「ま、マジかよ……確かに彼女には攻撃できねえわ‥……」

 モブ共の声がうるさい。これは敵だ。名前ではない。そう思い掌を敵に向けるが、俺の掌はどうしても熱を持たない。

「勝己くん」

 俺の名前を呼ぶその女は、俺の首に手を回す。攻撃しなければ。これは敵だ。そう思うが、掌が熱くなることはなかった。

「はい、終了!実践だったら死んでるね爆豪少年!」
「………チッ、」
「つーかリア充アピールがすさまじいんだよ!何だよ!彼女に“絶対に勝てない”って!」
「うるせえアホ面」
「だけど何の躊躇もなく彼女を爆破してたらそれはそれで漢らしくねえよな」
「間違いない」
「殺すぞ」

 切島に向けて軽く爆破をしてみる。あの女以外には容易くできるのに、どうしてもあの女にはできない。それが敵があの女に化けていたとしても。その事実を思い知らされたようで、無性に腹が立った。

「勝己くん!教科書貸してー」
「あっ爆豪の絶対に勝てない彼女」
「え?何それ」
「今日の授業でさー」
「殺すぞアホ面!!!!余計なこと言ってんじゃねーよ!!!」
「てゆか普通に考えて逆だよ逆。わたしが勝己くんに勝てるわけないじゃん」
「………彼女こう言ってっけどどうなの爆豪」
「殺す」
「俺を!?」

(170423)