「朝からスンドゥブなんて食えるか!!」
「いいじゃん勝己くんは休みだから」
「はァ!?」
「あ、もうそろそろ行かなきゃ。行ってきます」
「………おー」

 朝ご飯を作ると珍しく張り切っていた彼女の好きにさせた結果が、これである。朝からスンドゥブチゲなんて食えるか。そう思いながらも口にしてしまう自分に舌打ちをする。味は悪くない。普段はたいして料理をしないくせに、しっかり自分好みの料理を作るところが、あの女の要領のいいところである。

 別に、女を一人養うくらいの甲斐性はある。職場からも近いというのに、どうしてここに住まないのか。イライラしながらテレビをつけると、朝からビルで火事が起こっているようであった。災害救助には、俺の個性は向かない。勿論救助に行くことも沢山あるが、応援要請などが来ることは戦闘に比べると少ない。適材適所というものである。そう思いながら画面を眺めていると。

「………あ?」

 見たことのある、ビルである。思わず画面に近づく。これは、紛れもない彼女の職場である。俺は舌打ちをした後、コスチュームを引っ張り出した。

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「爆豪お前珍しいな!災害系で来るなんてよ!」
「あァ!?」
「呼ばれてねーのに来たんだって?」
「うるせーアホ面!」

 個性を生かし電力を供給しているアホ面と、現場で鉢合わせた。アホ面以外にも見知った顔がちらほら救助に駆けつけている。名前は――、そう思った瞬間であった。

「名字さんが!僕の知り合いが!逃げ遅れた人を助けるために!最上階にいるんです!」

 たった今避難してきたとでも言うような様子の、いけ好かないインテリ眼鏡が、何やら叫んでいる。その固有名詞を聞いた瞬間に、俺の掌は熱を持っていた。

「おい!お前の個性、救助向けじゃねーだろ!」

 何が適材適所だ。俺の個性は全てに適するに決まっているのだ。

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 爆風でビルの上層部までたどり着くと、窓ガラス越しに見知った顔を確認する。本当にいやがる。更には彼女だけではなく、隣にもう一人倒れている。舌打ちをしている暇も惜しい。離れた場所を爆破し、走って彼女のもとへ向かう。大声で名前を呼ぶと、彼女は目を見開いた。

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「しかし、残された一般人を助けるために火の海へ勇敢に飛び込んでいく姿に感動しました!」
「災害の場面で活躍されるのは珍しいですよね?」
「婚約者が中にいたので」
「………え?」
「見舞いがあるんで」

 マスコミが心底鬱陶しい。インタビューに感けている暇はない。一刻も早く、病院へ向かわねばならない。適当なことを呟くと、マスコミは黙った。これは事務所に何か言われるかもしれないと思ったが、事実になる予定なので問題はない。それよりもあの女だ。舌打ちをして、病院へ向かった。


「勝己くん!」
「………」

 病室へ向かうと、両腕を広げられた。いつになく熱烈な歓迎である。それをスルーすると、彼女は不服そうな声を上げた。

「ハグだよハグ!何で無視するの!?」
「あァ?」
「助けてくれてありがとう!死ぬかと思った!」
「こっちの台詞だ!何でお前が助けに行ってんだよ!馬鹿か!」
「わたしも馬鹿だと百回思った」
「俺は千回思ってんだよ!」
「張り合ってきた」

 俺はため息を吐き、呟く。

「身体は」
「大丈夫。一応、しばらくは入院だけど」
「あっそ」
「学生の子も目を覚ましたみたい。よかった」
「………」

 俺は言うべきが迷ったが、呟く。

「お前がいなかったら、危なかったってよ」
「え」
「救助がもう少し遅れたら危なかったって聞いた」
「…………勝己くんのおかげだね」
「はァ!?お前だろ」

 彼女は微笑む。

「勝己くんなら、助けにいくのかなって思ったら足が動いてた」
「………はァ!?」
「馬鹿でしょわたし」

 筋金入りの馬鹿である。俺は口を開いた。

「名前」
「え」

 彼女の名前を呼ぶことは、ほとんどない。

「俺の言うことに頷け」
「え、うん?何?」

 気持ちを、心を、伝えたこともほとんどない。

「俺と結婚しろ」
「…………は、」
「頷けっつってんだろ馬鹿」
「…………」

 俺は便宜上この女を馬鹿だと罵るが、この女は馬鹿ではない。経営科のトップだった女である。

「わたし、無個性だよ」
「どうでもいいわ」
「尽くすタイプじゃないよ」
「だろうな」
「………ツヴァイやめてもいい?」
「昨日やめるって言ってただろーが!まだやめてなかったのかよ!」

 昨日の深夜に無理やりやめると言わせたのに、まだやめていなかったらしい。憤慨した俺に彼女は笑った。

「こどもが無個性かもしれない」
「わかんねーだろ」
「だけど」
「まだあんのかよ!」

 しびれを切らした俺に、彼女は目を伏せる。そして祈るようにつぶやいた。

「わたしのこと、貰ってくれるの?」
「だから昨日から!そう言ってんだろ!」
「…………うん」

 彼女の肩が震えている。手を伸ばすと、震えは止まった。

「どうしようもねーから面倒見てやる」
「わたしわがままだよ」
「知ってる」
「靴買ってとか言うよ」
「先週買ってやっただろーが!」
「そうだった」
「朝からスンドゥブもやめろ」
「美味しくなかった?」
「………」
「ありがとう」

 背中に回した掌が、熱を持つことはない。しがみつくように背中に手を回す彼女の体温は、悪くない。出会った時からそうだった。俺は自分より弱いとわかりきっているこの女に、きっと一生勝てない。

「お説教は?」
「‥……今しただろーが」
「お説教がプロポーズなんだね」
「………」

(170312/scandal)