Notte 
闇に紛れた影


一発の銃声が響いた。

倒れた男を皮切りに、途端悲鳴が沸き起こる。
胸元から滲み出す紅が男の美しい金髪を汚した。
彼の部下が取り乱した様子で駆け寄ってくる。
彼はそんな部下達に申し訳なさそうに力なく笑った。
左胸に空いた風穴は男にそれ以上の時を赦さず、男は笑みを象ったまま眠りに堕ちた。
部下達の悲痛な慟哭がその場の喧騒を遮る。
声を掛ける者は居なかった。

偶然その場に居合わせたとある男は、後にその時の様子を恐怖に顔を青ざめさせながら震える声でこう語った。



――――影が殺した、と。

























 ―――――――



――――分かっているな…。

否定を赦さないその言葉が脳裏を過り、漆黒のローブを纏った男とも女とも付かない人影が、同化する闇の中でギリッと歯軋りする。
意識せず力を込めた右手が、その手に持つ漆黒の銃を軋ませた。

 ゴゥ…―――。

突然吹き荒んだ風が木々を揺らす。
太い枝の上で木陰に潜んでいたその影は、ローブを掠めた木の葉の感触を最後に闇に消える。
遠くで流れる即興曲(インプロンプト)だけが、場違いな明るさでその場に響いていた。






鮮血で濡れた様な深紅を纏う女は未だ賑わうパーティー会場から離れ、それまでと一変したゆっくりとした歩調で通路を歩いていた。
女は自身の右手にある白い携帯電話の画面を苛立たし気に覗き、求めるものがないと分かると隠しもせず堂々と舌を打つ。
そうしてまだかまだかと待っていた連絡を気にしていられなくなったのは、女にとって大きな誤算だった。
不意に背後に凝った気配に女は直ぐ様警戒を取り、振り替える。
睨む様に向けた視線の先でその男はにっこりと、柔和な笑みを浮かべていた。



「なぁアンタ、こんな所でどうしたんだ?」



顎に入った一筋の傷痕。
黒檀の髪と眸は黄色の肌色と相俟って、男がアジア圏の産まれだと物語っている。
東洋人に有りがちな童顔の中に青年らしい精悍さを持ち得たその男は、この屋敷に居る者達の職とは無関係と思わせる程の爽やかさを持って、そう訊ねてきた。
そんな男を女は笑み一つ浮かべず貴方には関係ありません、とつっぱねた。
これに男は些か驚いたのか瞠目する。
その隙を逃さずさっさとこの場を立ち去ろうとする女に、男――山本武は慌てて静止の声を上げた。



「ちょ、ちょっと待ってくれ!」

「何か?」



女の肩に手を置き止めようとした武の試みは、ひらりとその手を躱され失敗に終わる。
空中で行き場を無くした右手を下ろし、苦笑した。
その笑みをじっと凍り付いた表情で見る女の目は、無言で用件の催促をしている。
そんな不躾な女の態度にどこか新鮮さを覚えつつ、武はどうしようかと内心独り言ちた。



(足止め、って言われてもなー…)



ふとこの現状を生んだ上司の含んだ笑みを思い出して、武は困り気味に嘆息した。
こう邪険にされる事はあまりないので対応出来ない、とまでは言わないが、得意と言えないのは事実だ。
そもそも交渉やらの話術の類いは自分より獄寺の方が巧い。
なんだかなぁー…。
武は自分が今この麗人の足止めに選ばれた理由も、何故足止めを命じられたのかも分からず心の内で頚を傾げた。



「あー、実は俺の上司が人を捜してるんだ。聞いた容姿がアンタに似てたんで気になってさ」

「似た容姿…?」



女の眉が怪訝そうに寄せられる。



「嗚呼、シルバーホワイトの髪の女で身長はアンタぐらい。
シュートュ ファミリーのパーティーで会ったっていってたな」



瞬間、女の雰囲気に険が混じった。
そんな女に何が琴線に触れたのかと武は疑問に思う。
アイスブルーの眸を細め、女は睨む様に武に吐き捨てた。



「それは私ではありません。
生憎そのパーティーに関与していませんので。申し訳ありませんが私用があるので失礼します」

「え、いや、待っ…」



言うだけ言って踵を返す女の背に、引き留め様と再び手を伸ばした時だった。



離れた会場から、絹を裂く様な悲鳴が二人の鼓膜を揺らした…。







「何だ…」



武が会場の方を見て眉を寄せる。
瞬時に携帯を取りだし連絡を取る傍ら、女も同じく手にしていた携帯の連絡を確認した。
その瞬間、女の携帯にメールが届く。
送り主の名のないメールを開き、女は表情を歪めた。

“閉門”

たった二文字のそのメールの意味を正確に読み取り、女は己の不甲斐なさに忌々しいと舌打つ。
そんな女の様子を、武は訝しそうに見ていた。








































 ―――――――――




パーティー会場の混乱に主催ファミリーが対応に追われている中、館を背に走る影を見付けクスリ、綱吉は笑みを浮かべた。
夜空に夕陽色の軌跡を生み出していた橙の炎を消し、トン、と小さな音を立て影の前に降り立つ。
しかしそのまま怯む事無く向かってくる影に勇ましいなぁ…、と苦笑した。
無音で放たれた弾を紙一重で避ける。
連続する銃弾の猛攻を危なげなく避けつつ、コレは…と口角を上げた。
徐々にだが着地場所から動かされている。
確実に急所を狙われ、危険を回避する為に用意された逃げ道をこのまま辿れば、影は難なく綱吉の横を走り抜け、逃げ去るだろう。
かといって、下手に避ければ容赦の無い銃弾が襲ってくる。
厄介なのは立て続けに放たれる弾が、あたかもビリヤードの弾の様に空中でお互いを弾き、軌道を読ませない事だ。
綱吉でなければそもそも避ける事すら出来なかっただろう。
殺傷力が高くとも一直線上の動きしか出来ず、軌道を読まれ易いと云う銃の弱点は十分にカバーされていた。
見極める余裕さえ奪い、高速で四方八方から襲い掛かる銃弾の嵐は冗談無しで恐ろしい。
大した暗殺者(ヒットマン)だ、と綱吉は感心した。
しかしただ感心している訳ではない。
このまま逃げられてしまうのは、台無しにされたパーティーの主催者と縁のある綱吉としては見逃せないのだから。

懐から拳銃を取りだし引き金を引く。
影のものと違いサイレンサー無しの銃は、夜の静寂を破る様に銃声を上げた。
生憎綱吉の戦闘のスタイルは銃ではない。
得意な方ではあるが少なくとも、彼の家庭教師だった最強と謳われる暗殺者並みの銃技を披露した相手に勝る程の腕ではない。
だから精々、放った銃弾で影の操る弾の軌跡を僅かに歪める程度しか出来ない。
だが、それで十分だった。
寸分の違いも許されない技だからこそ、小さな歪みは瞬く間に大きくなる。
しかし影は予想外だった筈であるその歪みさえも正確に読み取り、覆された軌道の合間を縫って綱吉の懐へと飛び込む。
間近で捉えた影の右手に握られている銃の銃口は、綱吉にではなく上弦の月の浮かぶ夜空へと向けられていた。

 パシッ…。
振りかぶられた黒の銃身を受け止め、綱吉は微苦笑を浮かべた。
掌から伝わる衝撃に、グローブがなかったら骨までやられてたかな?と呑気に考える。
得物を捕らえられた影は、しかし焦りも躊躇も見せず瞬時に銃を手離すと、後ろに跳躍して綱吉から数メートル距離を取った。
その際、咄嗟に銃のセーフティをかけたのだから本当に抜かりない。
あまりにも優秀過ぎて脱帽ものだと、綱吉は内心独り言ちた。
目深に被ったフードと口許を覆う黒い布に隠れ顔は見えないが、相手が警戒しているのは分かる。
綱吉より小柄な影は、フードに隠れた瞳で油断なく綱吉を見ている様だった。



「そんなに警戒しないで、…って言うのは無理か」

「……」

「でもさ、俺、こう見えて平和主義者なんだ。
暴力反対、ってね…?」



戯けて肩を竦める綱吉の油断した姿に、しかし影は決して緊張の糸を緩めはしなかった。
人の良さそうな笑みを浮かべている男が、その笑みに反し恐ろしい程の殺気を放っていればそれも当然だろう。
そもそもそう言いつつも、綱吉の手に嵌められているグローブが外される兆しが全くない。
ボンゴレ10代目の武器がそのグローブだと知る者ならば、一体どうして警戒しないでいられようか。
綱吉の一挙一動を見逃すまいと、影は己の気を張り詰めた。
だが、それは綱吉とて同じだった。
彼の師に劣らぬ銃技。
中小規模のマフィアなら、そのボスですら怖じ気付く殺気を浴びせているにも係わらず、平静を保っていられるその精神力。
とっさの判断力も含め、その実力は間違いなく己の守護者達に比類する。
試しに油断を誘ってもやはり意味は無く、さてどうしたものかと、緊迫した状況下ながら思案した。

だがこの均衡は、一発の銃声によって呆気なく壊される。
物陰から放たれたそれが綱吉の頬を掠めた。
ツゥ…、と鮮血が頬を伝う。
瞬時に攻撃のあった方向に意識を向けた時だった。

綱吉は大きく目を見開き、たった今一瞬のみ視界から外した影に再び目を向ける。
しかしそこに対峙していた影は見当たらなかった。
完全に消えた気配。
正に影の様に居なくなった暗殺者。
影を援護する様にあった発砲の元に意識を向けてみるも、そこに居たであろう影の仲間の気配もやはりない。



「へぇ…」



綱吉の口角が上がる。

夜の闇に隠れた影。
綱吉は獲物を狙う捕食者の様に、琥珀色の眸に妖しい光を灯した。









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