Notte 
恵沢の囁き


その三人が会場に踏み込めば、途端会場の空気が変わった。
「ボンゴレの御出座しだ…」誰とも無くその呟きが放たれると、自然と会場中の視線が今しがた現れた三人の男達に向けられる。
右手の銀髪の青年が、集まる視線に煩わしそうに柳眉を寄せ、左手の黒髪の青年は、対照的にニコリと友好的な笑みを浮かべた。
そんな二人を従え、一歩前を歩く青年はハニーブラウンの髪をふわりと揺らし、何とも妖しげな笑みを描く。
クスリと微笑み堂々と歩むその姿のなんと気品ある事か、皆一様に息を飲み、確固たる王者の資質を身をもってその肌で感じた。







本来の形式的なパーティーよりも賑わう様子は、その主催者の人柄を表している様で、綱吉はふ、と笑みを浮かべた。
そんな綱吉の様子に、彼の両脇を固める部下にして親友の二人も自然と笑みを溢した。



「なんかディーノさんらしいパーティーだよな〜」

「け、跳ね馬の甘さそのまんまって事だろ」

「そう言うなって。確かに招待客を選んでないのは甘いかもしんねぇけど、その分警備は強化してるみてーだしいいんじゃね?」

「その手間を考えれば、こんなパーティーする意味ねぇだろ。まるで親睦会じゃねーか」



フン、と鼻を鳴らす右腕に、そのボスと同僚は顔を見合わせ苦笑した。

跳ね馬ことキャッバローネ ファミリー10代目ボス、ディーノとボンゴレの10代目ファミリーは、両ファミリーの同盟関係を除いても浅からぬ繋がりがある。
特にボンゴレ]世(デーチモ)の沢田綱吉とは同じ師を持つ兄弟弟子の関係にあり、その親友の二人、嵐の守護者 獄寺隼人と、雨の守護者 山本武と共にボス就任以前からの長い付き合いになる。
だからこその遠慮の無い隼人の物言いと、その裏に隠された懸念を読み取って、武は「まぁまぁ」と朗らかに宥めた。



「大丈夫だって。いくらなんでも危ねーとこは招いてねぇだろうし、いざとなったら俺等が手伝えばいいんだしよ」

「なんで俺等が手伝うんだよ!」

「昔っから世話になってんだし当たり前だろ?」



な、ツナ?と笑顔で同意を求められ、綱吉はそうだね。と微笑んだ。
そうなってはもう反対する事も出来ず、浮かんだ隼人の渋面に相変わらずだな、と綱吉と武が同時に思う。
就任時に変化を恐れたかつてを思えば、変わらぬ関係が嬉しかった。
そうして浮かべられた笑みのまま、大丈夫。と彼は口にする。
その言葉は隼人と武の視線を得た。



「会場内で問題は起きないよ」



告げられたそれに、隠された意味に、隼人と武は表情を顰めるもそれは一瞬の事。
瞬き一つの間の後には、何食わぬ顔で元の様子に戻っていた。
しかし両者の眸に映る色は、全くの別物に変わっている。
先の談笑と変わらぬ雰囲気の中、鮮烈な光を放つそれに綱吉は目を細めた。

そう、今は…。

告げる事無く胸中で述べたそれに、興奮とも歓喜とも、或いは恐怖とも付かぬゾクリとした感覚が身を這った。
綱吉の内に潜むボンゴレのボス足る稀有な力は、警告と吉報を絶えず力の保持者へと齎し、益を与え疫を祓う。
【超直感(ブラッド・オブ・ボンゴレ)】と呼ばれるその天性の才の恵沢に、綱吉は内でのみ嗤った。
今宵の報は果たしてどちらか。



(さて、今夜は彼女に逢えるかな?)



脳裏を過るは白の娘。
男の皮を被った一夜のジュリエット。
雪を彷彿とさせる髪色に違わず、ボンゴレの名を知っていようとも終始冷めた態度を貫いた珍しい女。
その姿を空に描きながら、今宵のこの舞台の終演を彼女が飾ってはくれないだろうかと、心酔するかの様な吐息を吐いた。

うっとりと吐かれた其れと変わった綱吉の纏う空気。
気付き上司の顔を窺った部下の二人は、浮かべられていた表情に共に息を飲んで目を瞠る。
綱吉の相貌には壮絶と言えよう笑みがあった。
緩やかに弧を描く口許に、明かりの無い朔の夜を思わせる妖しげな光が眸を覆う。
無体な道化師(ピエロ)を嘲る様な、新しい玩具(オモチャ)を楽しむ様なそんな笑みに、二人は暫し言葉を失った。
だがそれも、まるで仮面を付け替えたかの如く直ぐ様塗り替えられた友好的な笑みに、覚醒した様に常時を取り戻す。



「そろそろディーノさんに挨拶に行こうか」



ニコリと優しげに発せられた言葉を得、二人の守護者はゆっくりと首肯を返した。






































 ――――――


高い深紅のヒールが音を鳴らせば、肩口にて髪を飾る淡いピンク・パールの連なりがシャナリと揺れる。
鮮血をそのまま衣にしたかと見違う紅のドレスを纏う女は、鋭利な美貌を持ってその身に周囲の関心を集めていた。
創りものめいた完成されたその美に誰もが目を奪われ、通り過ぎた女を振り返り目で追ったが、しかし彼女に声を掛ける事はどうにも憚れた。
カッカッカッカッと高圧的なプレスト調に奏でられるヒールの音と、氷を思わせる冷えたアイスブルーの瞳。
紅の引かれた口許は固く結ばれ、凡そ機嫌が良いとは思えない。
鉄仮面の様な無表情も、女の冷たい美を際立たせてはいるが、生憎声を掛ける手助けにはならず、寧ろ近寄る事を牽制している様に思われた。
急ぐ様に歩く様子から声を掛ける機会を窺えないと云うのもあっただろう。
兎も角、絶世、傾国の美女と言えよう女の去った後には、はてあの淑女は一体何処のファミリーの令嬢かと皆頚を傾げ噂するのだった。

 リン…。
決して静かとは言えない会場で、女は鈴の音に似た音が聴こえ周囲を見渡した。
歩みを止め、視線を回す。
しかし音源を発見する事が出来なかったのか一瞬眉を顰めるも、再び足を動かした。
そんな女の正面から、成人男性にしては身長の低い男が近付いていく。
スタンダードな黒のスーツを纏う男の、顔の半分を隠す黒のサングラスが鈍く光を反射していた。
女よりもずっと遅い歩調で男は歩く。
 リン…。
すれ違い様に、先程と同じ鈴の音が女の耳に届いた。
それに女はニヤリと口の端を歪め足を止めると、目を凝らしての会場を隈無く見渡す。
そして目的の金髪を見付け、嗤った。
猟奇的笑みと云えようそれが、しかし標的に近付く三人組におや、と片眉を吊り上げる。
後ろ姿からでも随分と若いと分かるその三人は、何処かの新人にしてはその歩みは堂に入ったものだった。
況して周囲が彼等を見る目ときたら、羨望と畏敬の念が混じっているではないか。
暫しその場に足を止め様子を観察していたが、ふと新人の中心人物だろう小柄な青年が女に目を向けたのを機に、女はふいと視線を反らした。
再び高らかと奏でられるヒールの音。

知らず足を止め、女に視線を向けていた青年は、その背が視界から消えたと同時に「どしたんだ?」と左隣の部下に問われ、笑った。
悪戯を企む様な含み笑いに、声を掛けた青年が頚を傾げれば、そんな部下に青年は「頼みがあるんだ」と言う。
秘め事の様に耳許で囁かれたそのお願いに、頼まれた青年はますます不思議そうに頚を捻るも、促す視線に頷き、その場を離れた。
その様子を傍観していたもう一人の部下が「何かあったんですか?」と問うも、青年は立てた右の人指し指を口許に持ってくだけで答えない。
訊いても無駄だと思ったのか、部下の彼は眉を寄せるも、それ以上の言及はしなかった。
そんな部下に「ごめんね」と声を掛け再び歩き出す。


欠けた左が少し可笑しく、それを意識する度脳裏を過る女の姿にクスリと微笑み…





「L'inizio di un gioco pericoloso….
(危険なゲームの始まりだ…)」





小さく、小さく呟いた。






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