Notte 
愉悦に笑う大空

ボンゴレ・ファミリーと云うと、その歴史は古く格式も高い。
元自警団と云う事もあり、警察や表社会にも顔が効く。
それはボンゴレのボスが10代目となるとより顕著となり、警察がその手に負えないと判断した時、最後に頼る相手として珍重されもしている。
スラム街の子供達からはヒーローと持て囃され、貧困街からはそこを支援する団体として救世主扱いだ。
そんな今代のボンゴレの大きな特徴と言えば、それはボスをはじめ最高幹部達が皆日本に縁のある者だと云う事だろう。
その殆どが日本人だ。
例に漏れず、日本人とイタリア人のハーフにして、ボンゴレの最高幹部である守護者の一角を担うこの男、嵐の守護者 獄寺隼人は少々面喰らった面持ちで自ら主と定めた男を見た。
普段と変わりないポーカー・フェイスなのだが、雰囲気が普段よりもどこか柔らかい。
だからか、思わず、と言った風に疑問が口を吐いて出ていた。
何か良いことでも有りましたか?と出会い頭に問われた方もそちらはそちらで予想外だったのだろう、一瞬僅かに瞠目してみせた。
しかしそれも直ぐ様微苦笑に塗り替えられる。
「そんなに分かり易かった?」と訊ねる主に、「いいえ!」と焦った様に間髪入れずに否定の声が上がった。



「ただ、夜会明けにしては…普段と雰囲気が違った様に思えたもので…」

「参ったな。巧く隠せていると思ったんだけど…流石隼人」

「そんな光栄です10代目!…で、その夜会でなにかあったんですか?」

「うん。シュートュのボスの素晴らしい余興のお蔭でさ、面白い出逢いがあったんだよ」

「出逢い…ですか…?」



しかも面白い…?
怪訝そうな様子の隼人に対し、綱吉は機嫌宜しくクツクツと笑う。
これ程主の機嫌が上向きなのも久しいと、隼人は今度は表情には出さず自分の事の様に喜んだ。
そんな隼人に綱吉は感情の向くままに喜色の笑みを浮かべる。
ふわりと浮かぶそれは10年前と変わらない裏のない笑みであり、それは綱吉が上司と部下という関係ではなく、10年来の友として語り合おうとする時に浮かべるものだ。
この笑みには守護者を筆頭として、綱吉と浅からぬ付き合いのある者は皆総じて弱い。
当然隼人もまた執務の途中だと云うのにお喋りに興じようとする綱吉に、駄目だと頭の片隅で思おうとも、微苦笑を浮かべて傍の椅子に腰掛けてしまう。
これがリボーンであったならまだ、執務を終えてから…となっていようが、生憎10年前からの隼人の綱吉至上主義は衰えを見せてはいなかった。



「魔女に出会えなかったサンドリヨンに出逢ったんだよ」

「サンドリヨン…シンデレラ、ですか…」

「そう、魔法にかからず姫となれなかった灰かぶり」



いや、あれは魔法に“かからなかった”、が正しいかな?
愉快と笑う綱吉に隼人は益々頸を傾げる。
そもそも何故サンドリヨン?
ボンゴレのブレーンと名高い彼の優れた頭脳をもってしても、比喩のみで語られるそれの、何がそれ程綱吉を楽しませているのかは分からなかった。
そんな隼人の心情を察してか、綱吉が「それが俺の会った面白い女の事」と補足する。
成る程、確かに魔法にかからなかった灰かぶりとは珍しい。
そう喩える女ならば綱吉が面白いと賞したのにも頷けなくもないが、結局抽象的過ぎるその喩えに隼人は早々白旗を上げた。



「あの、魔法にかからなかったとはどう云う事ですか?」

「隼人はどう思う?」



答えを求めてみてもそう切り返され、隼人は数瞬の思案の後、「正装していなかった、とかですか?」と無難に答える。
その答えに綱吉は意地悪く、少しだけ正解かな?と、チェシャ猫の様に笑った。



「正装はしてたよ。……男の」

「は?」



目を丸くする隼人に、びっくりだよねー。と苦笑する綱吉からそれが事実だと悟った隼人は、「それは…、また…」と同じ様に苦笑を浮かべて言葉を濁す。
変装の一環としてなくもないが、男女の体格差や声色の調子等、偽るのが面倒な事が多いため、性別の判断がつきにくい子供を除けば…男装や女装はそう多くは行われない。
やるとしても、元からそれに適したモノを持つ者か、偽の姿を知覚させる事の出来る幻覚能力者ぐらいなものだ。
しかしこう云った者達は確かに数は少ないが、別段珍しいものではない。
特に後者に至っては、現にボンゴレの霧の守護者を冠する二人の術師が、これまでの任務で幾度か経験しているし、況して中学時代を振り返れば事情があったにせよ、その内一人は戦いの度に男装していた様なものでもある。
そうなるとレア・ケースとなる元から適した体躯に恵まれた者と会ったと云う事だろうか。
悶々と考え込む隼人の思考を見越してか、「俺よりも小柄で線の細い女の子だったよ」と告げられ、嗚呼成る程確かに面白い……否莫迦だ。と呆れた。
なんだそれは、莫迦だろう。
そう目で語る隼人に綱吉は苦笑する。



「シュートュのボスの趣向でね、途中から仮面舞踏会になったんだけど…可笑しな視線を感じたんだ。
楽しむ訳でも、何かを企む訳でもない…まるで人形の様な何もない視線。
そんなもの、そうないだろう?だから興味持っちゃってさ。
その視線の主がそのサンドリヨン。嗚呼違った、一夜限りの俺のジュリエット」

「……あの、さっきから気になってたんですがその“サンドリヨン”と云うのは…」

「“一夜限りのサンドリヨンをお楽しみ下さい”」

「嗚呼、それが仮面舞踏会の謳い文句だったんですね」

「そう云う事」



満足そうに頷いた綱吉に、にしても…と呟いた隼人は、やはり理解出来ないと言う様に眉を寄せた。



「莫迦なんですかね、ソイツ。
幻術で隠しもしない男装だなんて」

「否、恐らく彼女は優秀だよ。
俺をボンゴレと知っていたから、ある程度の接触は許してくれていたけど、隙はなかった。身の熟しも悪くなかったし…両手にあった銃胝からもかなりの手練れだと判断出来た」

「ですがそれにしては…」

「まぁ、男にみられなくても多少の目眩ましにはなるからね。
それで男装してたのかもしれないし」



毛色の違った猫を相手にした気分になって、面白かった。媚びも売ってこないし。
否、あれは鬱陶しがっていたな。
その場面を思いだしてクスクスと笑う綱吉の言葉に、隼人はやはり呆れた視線を寄越した。
そんな怪しい女の相手をして何かあったらどうするですか!と内心項垂れるも、そこは綱吉を信頼する“友達”として今は口を噤んだ。
だがこの話しが終わり次第、リボーンさんにもこの件を伝えて“部下”として注意しよう。そうしよう。と心算している辺り、流石としか言いようがない。
そんな綱吉にとって迷惑以外の何物でもない目論見が成されている中、ポツリと紡がれた一言に、隼人は綱吉に意外そうな目を向けた。



「一夜限りは、勿体無かったな…」

「随分気に入ったんですね」



今日は珍しい日だな。と思いつつ、目線の先で綱吉はニコリと悪意なく笑った。












「懐かない猫程、懐かせたくなるものでしょ?」










ひくり、と頬が引きつった。
苦い記憶が隼人の脳裏を過る。
自身の匣兵器にその経験がある為、隼人は否定の代わりに思わず乾いた笑みを浮かべた。
しかし直ぐに気を取り直し、コホンと誤魔化す様に一つ咳払いをすると、なら…。と口を開く。



「今度の跳ね馬のパーティーにご出席してみてはいかがですか?」

「ディーノさんの?なんでまた…」

「今回はオープンにやるらしいですよ。
なんでも噂では“インフェルノ”にまで声を掛けたとか…」

「インフェルノだって?あのイギリスの?」

「はい」

「成る程、そのパーティーの件、知らないと思ったらそれが原因か」



「リボーンだろ」と、呆れを滲ませた半眼を向けられ、隼人は苦笑しつつ首肯した。



「格下は相手にしないそうです」

「アイツはいつもそれだ」



溜め息を吐き、痛みを堪えるかの様に米神を押さえる綱吉の脳裏に、ニヒルに笑うリボーンの姿が浮かぶ。
そんな綱吉のに同情しつつ、「心中御察しします」と隼人が告げた。



「で、どうしますか10代目。行かれるのでしたら、スケジュール調整や準備は此方で致しますが…」

「うーん、そうだね…」



フ、と綱吉の面に微笑が浮かぶ。
それだけで、10年を共にする右腕は綱吉の応えを察した。
椅子から立ち上がり、綱吉の前で一礼すると、クルリと背を向け執務室を後にする。
残された綱吉からぽつりと呟かれた声は、静寂に包まれた部屋の中で瞬く間に霧散した。











「裏社会最弱と言われる、


“地獄(インフェルノ)”の名を持つマフィア、か…」























































―――――――




そこはその屋敷の規模にしては質素な通路だった。
白く保たれ、磨かれた床が鏡面に似た役割を果たし、はっきりとしない鏡像を映す。
そこに影を落としながら足音も無く歩を進めていた白の影が、コツリ、と一つ靴音を上げて装飾の施された重厚な扉の前に立った。



「失礼します」



掛けた声に、扉の向こうから許しが告げられた。








「…キャッバローネの…?」

「そうだ」



顔に刻まれ始めた皴。
眼光鋭く睨む初老の男を前に、白を纏う女は何も映さぬ虚無の瞳のままその言葉に異を述べた。



「御言葉ですがキャッバローネは早いのでは。先日のシュートュと比べても遥かに格が違います」

「フン、そんな事は分かっている。口出しはするな。
貴様は私の指示に従いさえすれば良い。
詳細はその書類に書かれている。
決して無様な真似は曝すな…」

「…御意」



頭を垂れた女の姿に、もう用は無いと男は手元の書類に視線を落とす。
その場に無きものとして扱われた女がその場を辞した。

部屋を出て通路をゆっくりと歩んでいた女は、しかし男の執務室の扉が見えなくなる頃には苛立たしげに靴音も高らかな早足となっていた。

カツカツカツ…、

床を叩いていた音が止まった。
女の前に、女とは対照的な漆黒に包まれた、女と似た背格好の人物が立っている。
踝まで覆う漆黒のローブ姿は、夕刻の色濃き人影が浮き上がってきたかの様だった。
目深に被ったフードに顔は隠れ、男とも女とも判断しかねる。



「5日後、キャッバローネ主催」



白の女は嫌悪を滲ませた声色でそう告げた。
それに影は声無く頷き、女に背を向ける。
まるで本物の影の様に音も気配も無く去っていくその後ろ姿に、女は苛立ち荒む心のままに傍らの壁に拳を打ち付けた。
ドンッ!と響いた音と共に白塗りの壁が打たれた場所を中心に、女の身の丈程の直径の円を描き沈み込む。
その様とパラパラと落ちる欠片と粉塵が、如何に女の一撃が重いものかを物語っていた。



「ッ、」



悔しげに女の相貌が歪められる。
噛み締めた唇から柘榴の様な紅い血が伝った。

やがて遠くから先の壁の破壊音に対してのものと思しき喧騒が聞こえてきた女が、忌々しげに一つ舌打つと、ボウ…、と女の右手に先程の影より尚黒く、尚暗い闇色の炎が灯った。
その右手が、フ、と虫を払う様に壁に向けて振るわれると、手に灯る炎と同じ炎が壊された壁一面を覆った。
その様があたかも地獄と現の境を思わせる。
そしてまた一度女が手を振るえば、壁を覆う炎はたちどころに消え失せた。
女はそれに目もくれず再び歩き出す。

壊されていた筈の壁は、それまでが嘘だったかの様に元の状態に戻っていた。











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