Notte 
一夜限りのサンドリヨン

絢爛豪華なその場所は、しかしその見目のきらびやかさに反し、欲望渦巻く騙し合いの場だった。
皆が笑顔の仮面を張り付け、揃いも揃って嘘を語らう化かし合いはなんと滑稽なことだろう。



「御機嫌ようドン・ボンゴレ相変わらずなんて目麗しい…」

「お久し振りですボンゴレ。ご活躍は良く耳にしておりますよ」

「綱吉様。最近のボンゴレの素晴らしい功績、感服いたしましたわ!」

「おぉ、ドン・ボンゴレ!ご活躍はかねがね…」



そんな場で、数々の称賛が1人の青年に向けられる。
光を受け、時折金に見紛うハニーブラウンの髪をふわりと揺らし、彼はその秀麗たる面にクスリと、魅惑と冠せられよう笑みを浮かべた。







「ありがとうございます」







麗しき青年の名を沢田綱吉。
裏社会の頂点と名高いイタリアン・マフィアの10代目ボスにして、その甘いマスクに反し歴代ボス最強と謳われる裏社会の覇者である。






























はぁー…。

ふと溢れた溜め息。
それを聞き咎めて傍らの青年がジロリと凄みを利かせた。
それに苦笑を浮かべた彼は戯れに肩を竦めてみせる。
すると益々鋭くなる視線に今度は困った様に笑った。



「そう睨むなよリボーン」

「嫌だったらしっかりやりやがれ」

「こんな滑稽劇に付き合えと?」

「社交場の重要性を忘れたかダメツナ」

「ダメツナか…。久々だな、それ」



クスクスと忍び笑う綱吉に、今度はリボーンが息を吐く。



(チッ、直ぐこれだ)



内心悪態を吐く青年―リボーン―は、トレード・マークのボルサリーノの下に隠した表情を僅かに歪めた。
そんな彼等を美しく着飾った令嬢達が遠巻きに見詰め、頬を淡く染めながらひそひそと囁き合う。
彼女達の目元を覆う繊細で華美な仮面が、爛々と狙う意中を見据えていた。






勃興にも関わらず、瞬く間に名を馳せたシュートュ・ファミリーからの招待状。
招待客の多くが、この世界で知らぬ者は居ないだろうと云う大物ばかりのこのパーティーに、ボンゴレもまた出席していた。

主催者のシュートュのボスは、綱吉と比べれば酷く劣るものの、まだどこか若さを残した男だった。
右の頬に残る一筋の傷痕が印象的な彼は、その傷痕を歪める様にして笑う。
その彼が趣向を凝らしたパーティー。
参加者各々が入り口で渡された七色の異なる宝石。
初め何の意味も無かったそれが、パーティーの中盤にて大きな役割を果たした。
七種の仮面が会場に溢れる。
宝石に対応して渡されたそれは、一瞬にしてその場を仮面舞踏会(マスカレード)へと塗り替えた。



「ランダムに渡された原石が導いた同じ仮面を着けた相手しか誘えないとは…確かに運命と言えば聞こえもいい。
男からしか誘えないのもロマンチック、…ってね。
成る程、遣り手の筈だよ。
接待も趣も満点。これに気分を損ねる奴は中々居ないんじゃないかな?」

「フン、滑稽劇と貶していた奴がよく言う…」

「俺はパーティーは嫌いだからね。
けどまぁ…、折角久々に面白いと思える余興だから…参加するとしますか」



壁の花を決め込んでいた綱吉が懐から先程渡された銀の仮面を取りだし、歩き出す。
その背中に向かってリボーンはさも可笑しいと言わんばかりにクツクツと喉を鳴らした。



「へぇ、一体どう云った風の吹き回しだ?お前が自ら参加すると口にするだなんて」



明らかな皮肉。
それに半歩振り返った綱吉は、目元へと寄せた仮面の隙間から覗く眼を細め、クスリと口角を上げた。



「俺も見付けてみたくてね」

「……」

「“一夜限りのサンドリヨン”を、さ…」



バサリと翻った漆黒の外套。
フン、と鼻を鳴らし見送ったその後でリボーンもまた口元に笑みを浮かべ、深紅の仮面を被り繰り広げられる滑稽劇へと加わった。





















銀の仮面を被った蝶達がチラリ、チラリと綱吉へと視線を向ける。
しかし綱吉が目の前を通り過ぎると残念そうに肩を落とし、銀で素性を隠す別の紳士が恭しくその手を取った。
その様子を横目に見ながら、これではサンドリヨンではなくオペラ座の怪人だなと思い笑った。
幸運にも銀に選ばれた蝶達は自分こそがボンゴレのサンドリヨンとして選ばれる事を期待し、そうでない蝶達は仕方なしと同じ色の怪人(ファントム)を見繕う。
しかし誘うのは飽くまで怪人達であり、果たしてダーエに選ばれし者は何人いる事かと綱吉は愉快で仕方がなかった。




華やかで優雅、さながら貴族の夜会のようなマフィアの集まり。
何とも滑稽な姿か。
表は綺麗に着飾り、裏では他のファミリーの情報入手や自分より強いファミリーに取り入ろうと、水面下の騙し合い。
馴れてしまった嫌悪を隠し、笑みの形を保ったまま会場の中を進む綱吉は殆どの蝶が居なくなっているのを見て更に笑みを深めた。
それと同時に荘厳な調べが響き渡る。
麗しき舞踏が始まった。

中央にのみ光が当てられ、光の中で舞う七色を除けば、暗がりに居るのはサンドリヨンあるいはダーエを見付けられなかった敗者か辟易した者か。
どちらにしろ綱吉の機嫌は頗る良かった。
普段ボンゴレと云う名の花に集う蝶達が、今は光の籠の中で無邪気に踊っている。
繕う必要もなくパーティーを楽しめるのは有り難いと、綱吉は闇に紛れて口角を上げた。
演出にも拘ったのだろう光の中で舞う様子は、遠目から見る分には素晴らしい。
正しく“サンドリヨン”。
今宵限りの選ばれし姫君達と王子達の為の花舞台だ。

苦々しくそれを見るものも居れば、綱吉の様に愉快そうに眺めるものも居る中、綱吉はふと、可笑しな視線に気付いた。
綱吉に向けてではないそれは、かと言って光へと向けられている訳でもない。
この会場、或はこの会場にいる全ての人間にだろう向けられたそれは、何の光も灯していない様に思えた。

だからこそ、気になったのかもしれない。

まるで空気を見るかの如きその視線は、人形が此方を見ている様な錯覚をおこす。
僅かに生まれた好奇心に従いその視線の主を探せば、そこに居たのは純白のタキシードに身を包み、バルコニーの側の壁に凭れる小柄な男だった。
この業界で皆がみな小柄と言う綱吉よりもより小柄な彼は、銀の仮面を光の方へと向けている。
しかし見ているのでも、眺めているのでもなく、本当にただ向けているだけの様に思えて、綱吉は更に興味を深めた。
珍しい玩具を見付けた様に、仮面に隠した瞳を愉快気に細める先、仮面より白さの目立つ男のシルバーホワイトの髪が、闇の中にあってさえ月光の様に淡く光を反射していた。
少しの間、時間にすれば数秒間その男を観察していた綱吉は、仄かな笑みを浮かべ軽い足取りでその男に近付く。あと1mといった処で、銀の仮面が主たる怪人の意思をもって綱吉を見詰めた。



「楽しまないのですか?」

「……」

「失礼。退屈そうに見えてしまったもので」



男が応じない事など気にせず、綱吉はクスクスと上品に笑う。
男より背の高い綱吉を見上げる様に少しだけ上げられた仮面は、やはり綱吉を映してはいなかった。



「何か御用でしょうか。ドン・ボンゴ…」



心地好いアルトで吟われた男の言葉が途切れる。
しー…、と立てた人差し指を唇に当てた綱吉は、先程より近い距離で笑みを描いた。



「仮面舞踏会で素性明かしはマナー違反ですよ」

「………失礼致しました。
ならば名も知らぬ銀の君。
貴殿は私に何か御用でしょうか」

「えぇ、しかし選ばれし姫君達を祝福するこの荘厳なる調べが止まぬ限り、この場は秘め事に向かぬ事でしょう。
どうか一時、私と共にロミオとなっては頂けませんか?」



綱吉が男の横にあるバルコニーに顔を向ければ、男はその意図を悟ったのだろう。
暫しの逡巡の後、男は無言で壁に預けていた身体を離した。





































枯れ草の香を纏った風が撫でる様に頬を擽り、視界の先に広がる小さな森の木々が小さく小さく囁くように歌う。
秋月の穏やかな明かりが二人の怪人を仄かに照らした。
先を行く綱吉が一度上弦の月を見上げると、「好い月夜ですね」と振り向き様に問う。
口に描く笑みのなんと妖し気な事か。
月光を浴び黄金に輝く柔らかな髪が誘う様に風と遊ぶ。
男はただ一瞬だけ、その幽玄なる美しき様に魅せられるも、男が纏う仮面が幸いにもそれを隠した。
男が、綱吉の問には答えずに何用かと問う。
黄金に変じた男は声も立てずに笑みを深めた。



「いえ、ただ私も退屈していたもので、興に乗じて一夜のサンドリヨンを――嗚呼違う…――私だけのジュリエットを誘おうかと思いまして」

「……可笑しな方だ。
ならば今よりあの光の舞台へ上がられれば宜しいでしょう。
貴殿ならば姫君達の方がこぞって貴方を迎えよう」

「お褒めに頂き恭悦至極に存じます。
ですが生憎、私は心に決めたジュリエットが既に居りますので」

「…本当に可笑しなお方だ。
自らのサンドリヨン―いえ貴殿はジュリエットと称したか―を探すと仰りながら、既に己の姫は居ると申し、この様な場で私の様な姫君を射止める事の出来なかった成り損ないとのお喋りに興じている…」

「……」

「誠に可笑しな方だ…」



溜め息を吐くかの如く紡がれた言の葉に、綱吉は描いていた笑みを消した。
ゆっくりと、普段は立てる事のない革靴が床を叩く音が、コツ、コツと焦らす様に奏でられる。
この場へと誘った時よりも尚近い距離で、男の顎を男性にしては線の細い指が掬った。



「私よりも貴方の方が不思議だ。
差し詰め魔女に出会わず城へと忍び込んだサンドリヨンか」



男の纏う雰囲気が、変わった。
其れまでの事務的な無関心から、冷たく、鋭利なものへと移る。
手を払わぬのは、遊ばれていると分かっているからこその矜持からか。
仮面の隙間から覗くアイスブルーの瞳に剣呑とした光が宿っているのを見付けると、綱吉には中々どうにも愉快で、隠そうとする笑みを禁じ得られない。
否、真に隠す気も無く、綱吉はそう間も置かずクツクツと喉を鳴らした。
男の纏う鋭さが増したのは勘違いではないだろう。



「何が目的だ」

「おや、私は言った筈ですよ?
興に乗じるつもりだと」

「明日…否、今夜中にはボンゴレは男色家だと噂されよう。一体どれ程の令嬢達が袖を濡らす事か」

「私はそれでも構いませんが…、成る程その様な虚言が立っては、私も私を慕ってくれる部下達に申し訳が立ちませんね」



フムフムと頷いた綱吉は男の顎に掛けていた指を外す。
男が僅かに纏う険を緩めた時、男が息を飲んだ気配が綱吉に伝わった。
それに知らず笑みを濃くする。



「でしたら噂の立たない場所へ行くとしましょう」



貴女と。

綱吉が男、否、白を纏う女の身体を掬い上げた。
非難の声を上げさせる間も与えず自身の姫と定めた女を抱え、背後にあった手摺を跳躍する。
男の肩越しに今までいたバルコニーと、綱吉が身に纏う夜闇のような外套が舞う様子が女の眼に映った。

音も立てず軽やかに地に降り立つと、綱吉は女を抱えたまま先にある森へと歩を進めた。
彼女は何も言わなかった。
暫し進んだ後、僅かに開けた場所に出ると、そっと女を降ろす。
けれど綱吉の手が、添える女の腰から離れる事はなかった。
未だ止まぬ森の囁きが、離れた調べと共に静かな舞台を生む。
月光の灯りは、妖しさと優しさをその場にもたらした。



「どうせ一夜限りの夢。
私のお相手をしては頂けませんか?」

「誘う前から触れる男の?」

「これは失礼」



クスクスと笑い戯けた男は腰に添えていた手を離すと、その場で女の前で傅き、ひんやりとした女の右手に恭しく口付けた。



「“男”という仮面を被り、私の前に現れたサンドリヨン。どうか今宵、屋敷から歌われるあの調べが止むその時まで、私のジュリエットになっては頂けませんか?」

「…趣味の悪いロミオだ」

「ならば貴女は意地の悪いジュリエットですよ」



皮肉を交えて告げられた許しに、綱吉は仮面の下でクスリと笑った。
女の耳を掠めた男の右手が後ろで一つに括られた女の髪紐を解く。
ふわりと広がった白銀に、男は満足そうに笑みを濃くする。
女の肩にかかる髪の一房を手遊び口付けると、綱吉は女の腰に手を回した。
その腕に女の手が添えられる。
微かな調べと淡い灯りの下、一夜の舞踏が始まった…。







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