Notte 
蒼穹と月夜。


随分と機嫌が良いんだな、と彼の師が問うた。
それに微笑み返す姿のなんと優雅なることか。
口角を僅かに上げ、クスリと微笑む姿に様になったものだなと思考の片隅で沁々思う。
で?、と促せば、フランスの滝は極めて有望だと綱吉が笑った。



「シュートゥか、お前がそう言うぐらいだ確かなんだろ」

「少なくとも俺は好感を持てたよ。
あの希代の策略家には」

「ふん、策略家か…」



何をしでかしたんだ?笑って告げられた問に、綱吉もクスリと笑う。
分相応の弁えと、利益と弊害の算段かな?答える声は随分と愉しげだった。
それに応える代わりにフン、と鼻を鳴らしたリボーンだったが「それに…」と続いた声にボルサリーノに隠された片眉を吊り上げる。




「実はシュートゥで探し物の一つを見付けてね」




目的のものを一つ見付けたんだと綱吉は喜色を表した。



「例のジュリエットの方か?」

「そうだよ」

「お前が昨日接触したのはシュートゥだけだったな」

「そうだね。けど、シュートゥの構成員ではないよ」

「そんな事は分かってる。
あそこは主催ファミリーだっただけに真っ先に調べたんだろ」

「ご明察。シュートゥじゃなくてそこに会合に来ていたボス候補」

「ほぉ…」



スゥ…と、リボーンが目を細める。
見定める目をした師に、綱吉は微苦笑を浮かべた。
その反応に悟ったのだろう。
何処のだと問う声には、一変して懸念と剣呑が込められていた。
何処だと思う?と面白がる様に問い返され、リボーンは即座に格下だろうと答える。
お前からしたら全マフィアの九割以上が格下だろうと、溜め息混じりに批難されようと、それに誤魔化される男ではなかった。



「三流か」

「ま、お前からしたらな」

「諦めろ」



その答えを予想していたのだろう。
だからお前には言いたくなかったんだと、悪態を衝かれようとリボーンは意見を変える気は毛頭なかった。
それを理解している綱吉は面倒だと内心毒づく。
尤も、リボーンからすればそれは綱吉とて同じであった。
一体何が悲しくて、自分の生徒がボンゴレの品位を貶める行為を赦せようか。
共に頑固である事は10年の付き合いにもなれば知っている。
互いが互いをどう諦めさせようかと策を巡らせていれば、で?と、リボーンが唐突に口にする。
一瞬、何の事かと思ったが直ぐに言わんとしている事を察し、リボーンからすれば質の悪い戯れを綱吉は口にした。



「イギリスの“地獄”だよ」



見開かれる眸に、流石にこの答えは予想していなかったんだなと、綱吉は内心で笑った。

――…どういうつもりだ。

怒気を滲ませた声、鋭さを増す眸にヤレヤレと綱吉は肩を竦める。
どうもこうも、綱吉は静かに微笑んだ。



「気に入った女がインフェルノだった、それだけだと思うけど?」

「…それだけ、だと?」

「少なくとも俺にとっては…、ね。
先に言っとくけど諦めるつもりはないよ。遇った時も面白そうな娘(こ)だなと思っていたけど、“あの”インフェルノだなんて益々興味深い」

「あんな低俗なマフィアが興味深いだって?莫迦じゃねぇのか」

「言うね。けど、お前だって気になるだろ?






その低俗で、新興のファミリーにすら劣る“最弱”と呼ばれるマフィアが、

何故未だに“存続している”のか…」

「全く興味ねぇな」

「お前ね…」



スッパリ切られ、綱吉は意気消沈といった様に肩を落とした。



「前から言ってんだろ。
俺は格下は相手にしねぇ」

「それは“お前”がだろう…」

「なんで、その俺の生徒であるお前も格下なんて相手にすんな」

「相変わらず理不尽だな」



「しかもそれは格下云々というより、お前の好みの問題が大部分だろ」と半眼で睨もうと、「まぁな」その一言で終わった答えに綱吉はガックリと項垂れる。
本当にコイツ面倒くさい。
綱吉は強く心に思った。



「第一、インフェルノとつるんで得られるメリットが無ぇ」

「言っとくけど、彼処の情報操作の技術は此方より上だぞ」

「何で分かるんだ?」

「今回彼女と出会えたのは全くの偶然。
それまで幾ら探そうとも何一つ情報が掴めなかったんだ、当然だろう?
それに前にインフェルノに興味持ったディーノさんが調べてたからね。
だけど何も掴めなかったって落ち込んでたよ」

「あの莫迦…」



チッ、と舌打ちしたリボーンに苦笑する。
きっと後でネッチョリ指導されるんだろうな、とぼんやりと思ったところで少々罪悪感を感じたものの、蓮を譲る気のない綱吉は心中で謝罪するに留まった。
今は頼りになる兄貴分より、“不穏分子”を優先すべきだとの判断からだ。



「まぁ、流石に何の取り柄もなけりゃ生き残れ無ぇしな」



フン、と鼻を鳴らし、渋々といった様子で首肯したリボーンに、綱吉はヒクリと頬をひきつらせる。
しかしそれも一瞬のこと。
それに…と真剣な眸で眉を寄せた。



「“地獄”に住まう“鬼”」

「……」

「幾ら情報処理に秀でていようと、それだけで生き残れる程この世界は甘くない。
飽くまで噂の域を出ないけど…“鬼”は実在する」

「勘か?」

「…確証のない、ね…」

「また例の妨害か?」



莫迦にする様に嘲笑混じで告げられたそれに、綱吉は異を唱えられなかった。
「本当なのか… ?」問うリボーンの声に険が混じる。
「そうだね」肯定した綱吉に、いよいよリボーンの表情は険しくなった。
チッ、と隠す気の無い舌打ちが鳴る。



「…インフェルノが関係してるって事か…」

「可能性は極めて高いね。
尤も、未だ可能性の一つでしかないけど」



不機嫌を隠さず、低い声音で訊ねたリボーンにそう綱吉が答えると、再び響いた舌打つ音。
苛立つリボーンの様子にコイツはプライドが高過ぎるんだ、と綱吉は胸中で肩を竦めた。



「もう一度聞くぞ…」



暫くの無言の後、真剣な眸が綱吉を貫く。



「インフェルノとつるむ事で得られるメリットは?」



その問に不敵な笑みが綱吉の面に浮かんだ。



「“黒白”に関わる度に起こる原因不明の不調、及び地獄に住む“最悪の鬼” について情報を得られる」

「断定か… 」

「今は調子がいいんだ」



ニッコリと喰えない笑みで告げる綱吉に、リボーンは一つ溜め息を落とすと「ボスがボスなら守護者も守護者だな」とその身勝手さを嘆く。
「あ、もしかして恭弥?」問う綱吉の声が愉しげに弾んでいるものだから、リボーンは苛ついた様に舌打ちした。
そうだと肯定する声に殺気が篭る。



「任務途中にアイツの興味を引いたものがあったらしい。
期待してろと残してからは、それを追って音信不通だ」

「それは楽しみだね」

「何?」

「だってボンゴレ最強の守護者が期待しろって言ったんだろ?
楽しみにしない方がどうかしてる。
それに言っただろう?
今は調子がいいって」



屈託なく笑った綱吉にいい性格になったとリボーンが嘆息を落とすと、彼は無言で綱吉に背を向ける。
執務室を横切り扉の取っ手に手をかけた彼は振り返る事なく綱吉に一つ、忠告を残し退室した。
残された綱吉は相変わらずの師のぶっきらぼうな性格に微かに口元に弧を描く。

――お前等の付けを払う奴の事も少しは考えろよ。

それは彼の身を案じた言葉でもあり、どの様な事が起きようとも見捨てぬという証。
それに分かっているよ。と小さく告げた綱吉は、スッ…と瞼を閉じる。
身をおく暗闇の中に思い浮かべたのは、背中合わせに佇む黒と白の姿だった。













――――――――



そこは闇に支配されていた。
師走の寒さが肌を刺す室内には光は無く、夜の静けさと闇が其処を満たす。
暗澹とした厚い雲に遮られ、微かな月光すら届く事はない。
満月の強い光すら拒む暗雲は、何か嫌なものを感じさせる。
そんな中一人の青年が閉じられた片窓に背を預けて立ち、僅かに開かれたもう片方から何処までも暗い夜空を見上げていた。
開かれたそれから入り込む冷たい微かな風が、傍らの場違いと思える程白いカーテンと共に青年の闇色の髪を揺らす。
腕を組み、光の無い空を見詰める青年の思案する横顔は冷たかった。
漆黒のコートを纏う姿は、闇色の髪と共に夜に同化しているかの様に見える。
否、その姿はまるで“闇そのもの”であった。
唯一、白さの映える肌と黄金に輝く眸だけその存在を主張しているかの様に目を引く。

ふと、青年の眉がピクリと動いた。
空に向けられていた視線のみが光の無い室内へと向く。
何もない部屋の中央。
其処を見詰める青年はスッ…、と瞼を伏せると、囁く様な声量で言葉を発した。



「来たか…」



直後、開かれた青年の眸に、部屋の中央で青年に傅く一人の男の姿が写った。



「お呼びですか」



燃える赤髪を闇で鈍い銅に変じた男のよく通るテノールが、冷えた空気を震わせた。
音として認識されるその震動を受けた青年は、それと示す事の叶わぬ不思議な色合いの光を金無垢に宿し男を見詰める。
一瞬の沈黙の後、青年は男に顔を上げる許可を出すと、「厄介な奴に目を付けられた」と淡々と告げた。
青年の表情を伺う許しを得た男が顔を上げ「それは一体…」と問うと、青年は一つ、疲れた様な溜め息を吐き出した。



「“ regale decimo(レガーレ・デーチモ)”だ」



青年が言い終えた瞬間、男の双眸が驚愕に見開かれる。
夜目に優れた青年はそれを正確に捉え、緩やかに口端を歪ませた。
青年のその微苦笑の意味を正しく理解し、男は苦虫を十も二十も噛み潰した表情となった。
「何故…」男の苦悶に満ちた声が青年に訊ねる。
青年は変わらず晴れぬ笑みで肩を竦めた。



「この前シュートュで気に入られたんだとよ」

「っ、!エイス(8代目)があんな決定しなければ!」

「今更だな」



そう言い放った青年にどうなさるのですか?と男が問う。
それに青年は決まってるだろうと目を細めた。



「レガーレに関わられる訳にはいかない」



―――“regale decimo”

西勢力最大を誇るボンゴレの、その中にあっても歴代最強と謳われるボンゴレ]世――沢田綱吉。
元々マフィアの中で抜きん出た力を所持していたボンゴレをより発展させ、今や他の追随を許さぬ頂点へと導き、その地位を磐石のものとした稀代の名君。
いつしか人々は畏怖と畏敬の念を込めて彼をこう呼ぶようになった。


“ 王者の]世”

すなわち
“regale decimo(レガーレ・デーチモ)”…と。





「レガーレの情報を全て集めろ。
周囲の人間も含めてだ」

「はっ!」



素早く応えた男が頭を下げる。
それを見ながら青年は「頼んだぞ」と念を押した。
それに頷く男は話の区切りを感じ、「実は私からも報告がございます」と青年に告げた。
「何だ?」問う青年の表情が怪訝そうに歪む。



「蛍からの報告なのですが、“内”の動きが可笑しいと」

「鼠か?」

「恐らくは」



首肯を返す男に青年は厄介だな、と溜め息を吐いた。
この組織に入り込める程の実力者、一体何処まで嗅ぎ付ける事か。



「対処は?」

「内はバベットとラインが、外はセラと飛龍殿が当たっております」

「それで問題ない。
何か分かったら報せろ」

「Yes,my master.(畏まりました我が主)」



男の厳かな声が響く。
彼はそのまま無言の主たる青年に用件は終わったのだと悟ると、着いていた膝を離し、青年に背を向けた。
そのまま退室するかと、もう男から意識を空へと戻していた青年は「そういえば」と聞こえてきた声に再び視線を男に向ける。
立ち姿のまま青年を真っ直ぐに見詰める男は、鉄仮面に微かな憐憫を浮かべていた。



「スイス様がまた、密通の任に就かれたようです」



瞬間、青年の秀美たる面が嫌悪に歪んだ。



「何時だ」

「常時の手筈通りならば、恐らく明朝には戻られるかと」

「そうか…」



そう呟くと、青年の視線はまた暗い夜空へと戻る。
闇に馴れた目が微かに捉える主の姿はあまりにも空虚で、男は無力な己を呪った。
そんな主にこの事を告げるのは憚れる。
しかし、知らない方が酷だろうと、男は苦汁の思いでそれを口にした。



「今回は…、逃れるのは難しいかもしれません…」

「……」

「口は堅く、しかし手は早い男との事なので…」

「…関係ねぇな」

「えっ…?」



予想外な返答に、無意識に俯いていた顔を思わず上げる。
視線の先、あれ程暗く淀んでいた空が割れ、男の目に溢れ出た月光の柱の中で微笑む主の姿が映った。



「関係ねぇよ。
アイツは今まで、どんな不利な条件下でもそれでも上手くやってたんだからな」

「しかし…」

「例えお前が危惧する結果になったとしても、やっぱり関係ねぇよ。
アイツはアイツだ。
俺の大事な…大切な“家族”のままさ」



そう言って青年は、それまでとは比べものにならないくらい晴れやかに笑った。
ニッと口角を上げて笑うその姿に先程までの陰りは一切なく、闇と同化していた彼の漆黒の髪は、月の光を浴びて柔らかで暖かいブラウンの輝きを誇っている。
先程を月夜(つくよ)、或いは月光すら拒む朔と例えるならば、今の彼は正しく陽の光と共にある蒼穹であろう。
彼女が何故、“今の彼”に負い目を感じているのかがよく分かる。
月光たる彼が圧倒的な力と絶大なカリスマ性を以て遥かなる高みから他者を惹き付けるのに対し、陽光たる彼は実に親い場所で救いの手を差し伸べる。
そこに見出だされるのは彼の人間性。
彼の本来持つ温かさ。

どちらも彼で在ることに変わりはない。
しかしこの闇の中で、果たして陽光は何時まで照らし続ける事が出来るというのだろう。
彼女はそれを思って嘆くのかと、男は自分を救い出してくれた恩人にして、忠誠を誓った主を見詰めた。



「差し出がましいとは存じますが、ならば尚更お帰りになられた彼女の…、スイス様の傍にいて差し上げて下さい。

―――――トレイン様」



強く、とても強く願ったそれに、青年はニヤリと笑った。
「離せ、って言われたって離してなんかやらねぇよ」そう言って悪戯小僧の様に笑う彼に、男――ロイ・アデスも安堵の笑みを浮かべた。








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