Notte 
霧を纏う空。白百合の訪れ。

目を通していた報告書を半ば投げ出すように机上に手放し、綱吉は小さく息を吐いた。
デスクを埋めつくす白を憎らしく感じ、そんな無意味を思う自分に呆れ、また彼は小さな溜め息を吐く。
トントン、と一定のリズムでデスクを叩く彼の人差し指と寄せられた眉が俄にその苛立ちを表していた。



「荒れていますね」



クフフ、とあの独特の笑い声が突如聞こえ、綱吉は「骸…」と、その声の主の名を呼んだ。
すると途端に、綱吉の居る彼専用の執務室が藍の霧に包まれる。
数秒の後、次第に明け始めた霧の中から現れたのは、口元を優雅な笑みの形に保つ六道骸の姿だった。



「ご苦労様。どうだった?
ゲハイムニスの様子は」

「クフフ、“秘密”等と大層な名を持ったマフィア、それなりに期待していましたが…感想から言いますと改名をお勧めしますね」

「お前が出るほどじゃなかったか」



その綱吉の言葉を聞き、骸はさも可笑しいと云わんばかりに声を立てて笑った。
「ご冗談を」笑いの合間を縫った彼の声が谺する。



「分かっていて僕を行かせたのでしょう?幾ら簡単な任務とはいえ、下級幹部以下には少々辛いものがありましたし、かといってクロームに“あれ”は酷ですからね」



それに綱吉は否定も肯定もせず、ただ静かに笑みを浮かべた。
それが何よりもの答えであり、骸は呆れを表情に滲ませる。



「全く、君は本当にクロームには甘い」



やれやれと肩を竦めて放れた言葉に、綱吉は心外だと云わんばかりに目を細めた。



「お前に言われたくはないよ、骸。
それにクロームはお前達みたいに俺の頭痛の原因にはならないからね。
可愛く思うのは仕方ないだろ?」

「それこそ心外です。一体何時、僕が君の心労の原因を作ったというのですか」

「頭痛の意味、正確に読み取ってくれて嬉しいよ。読心術でも使った?」

「何莫迦な事を言っているんですか。
君が心を閉ざしている限り、僕程度の読心術じゃ君の心を読むなんて事、出来ませんよ」



胡乱げに細められた目を前に綱吉はにこりと微笑みつつ「今は?」と問いかける。
それに怪訝そうに片眉を上げた骸だったが、直ぐに「おや?」と口にするのと、綱吉の声が響くのは同時だった。



「折角だから、今度お前が恭弥と派手に暴れまわる時は、今みたいに読心術でも使ってみたらどうかな?
普段の様に心を閉ざすなんて事してないから、骸、お前にだって簡単に俺の心情が分かる筈だよ?」



先程より凄みの増した笑顔に、骸はしかし澄ました顔で「そうですか、それは恐ろしい」と返すだけだった。
はぁ〜〜…。
深い溜め息が溢れる。



「ホントお前にも恭弥にも、クロームの爪の垢、飲ませてやりたいよ。
何お前達、クロームの10分の1程度の心配りも出来ないわけ?」

「僕一人に言ったって意味がないでしょう」

「いい加減鬱憤溜まってるんだよ」

「それは何も僕等の事だけが原因ではない筈ですが」



「八つ当たりは止めて下さい」チラリ、と骸の視線がデスクの上に広がった書類に向く。
「お前達のお陰で溜まった鬱憤だって本当にあるんだからな」咎める様に向けた視線を受けても「以後、考慮するかもしれませんね」と、変わらずの骸のふてぶてしい態度に軽い頭痛が綱吉を襲った。
米神を押さえだした綱吉に、しかし…、と骸は神妙に呟く。
幸いにもその呟きは頭を抱える綱吉の耳にも届いた。



「貴方の鬱憤が溜まる程、何の情報も掴めないのですか?」

「皆無だ。こっちの方が余程“秘密”だよ」

「貴方の“お気に入り”も、件の“影”もですか?」

「嗚呼、両方共だ」



断言した綱吉に骸は眉を寄せた。
彼自身がボンゴレの情報収集を担う一員なだけに、ボンゴレの情報局の優秀さは熟知している。
にもかかわらず、その情報局が何一つとして情報を得られないとは…。



「何かありますね…」



独り言の様に放たれた呟きを拾った綱吉は苦笑しつつ首肯した。



「そうだね。それに少なくとも、情報操作の技術力は彼方が圧倒的に上だって事がこれではっきりした」

「しかし貴方の場合、それでただ手を拱いている訳ではないのでしょう?」



そう問い掛けられ、綱吉は静かに眸を伏せる。
閉じた眸の闇の中、漆黒と白銀の二つの影が過り、彼はゆっくりと眸を開いた。
真っ直ぐに骸を見据える琥珀の眸。
そこに宿るのは呑まれるかと錯覚する程の鮮烈な光。
ゾクリ、骸の身体が彼の意思に反し震える。



「霧、お前に頼みがある」



嗚呼、やはり…。
骸の唇が孤を描く。
そう、君はそうでなくては面白くない。
心の奥深く、鋭い彼に悟られぬ様声なき声で呟いた骸は、己の答えを待つ綱吉を前に恭しく腰を折った。
顔だけを上げた彼の髪の隙間から覗く眸が爛々と妖しげに輝く。
闇を包容する笑みがただ嗤った。







「我らが大空の御心のままに」








―――――――


コツコツと、ヒールが床を叩き音を奏でる。
ふわりと游ぐシルバーホワイトの髪が光を受けて淡く耀きを放っていた。
コツ、音が一旦止み、代わりに女の前を行っていた男が口を開く。



「申し訳御座いません。ボスはただ今席を外しておりすので、どうか此方で今暫く御待ち下さい」



言い終えると同時にギィ…、と古めかしい音を伴い重厚な扉が開く。
それと同時に臭った鼻につく過剰な薔薇の香に一瞬幽かに眉を寄せるも、女は何事も無かった様に一歩歩を進めた。



「態々ご足労頂いたにも関わらず、お待たせしてしまいまして誠に申し訳御座いません」



対面する様に腰掛けた客間のソファーでメイドの給仕を受けていた女に男がそう切り出すと、女はふわ、と花が綻ぶ様に笑った。



「どうぞお気になさらないで下さい。
私もオベール様にお会い出来るとあって、逸る気持ちを抑えきれずにこうして約束の時間より早く来てしまったのですから」



そう言い、恥じた様に頬を染め微笑む女に男は暫し時を忘れ目を奪われた。
この裏社会にも稀にいる邪気を感じさせない、穢れを知らぬ者の微笑。
黒のスーツを纏っていなければ、女がマフィアだと一体誰が気付こうか。
否、例え纏っていたとしても言われなければ気付くまい。
現に、男は女をとても同業者とは思えなかった。
しかし女が紛れもなく“あの”マフィアからの使者であると知っているだけに、その思いは否定される。
ボス代理として来たことからもそれなりの地位にいるのは確かな事である。
だが、穢れとは無縁なこの微笑みと白魚の如き指が血に濡れているとはどうして思おうか。
この年若い姿に異端な筈である白銀の髪も、月光を集め作り上げたのだと思わせる程美しく、貴くすら感じさせる。
麗しい白百合に、ゴクリ…。
男は無意識に固唾を飲んだ。
その喉の動きに合わせたかの様に、眉尻を下げて微笑んだ女の紅く熟れた唇が震える。



「あの…もしご迷惑でなければ、私とお話ししては頂けませんか?」

「え…?」



突然の女の提案に虚を衝かれた男の様子を戸惑いととったのだろう。
両手を振った女は慌てて弁明し始める。



「ち、違うんです!
あの、その、緊張とかしてなくて!
そ、そうじゃないんです!
ただ、ちょっとこんな大きなファミリーは初めてだから心細くて!
え、あ、ち、ちがっ!
そ、そうじゃないです!
心細いわけじゃ…っ!」



緊張してます。
心細いんです。

あろうことかこれから対談する相手方の構成員に、内心を暴露する女。
どんどん自ら墓穴を掘っていくその女の顔は、今や完熟した林檎のように鮮やかな朱に染まり、容姿から想像できる女の鋭利なる雰囲気は一瞬にして霧散した。
淑女も形無しのその様は、あたかも幼い子供の様で、しかしそこに一切の意図も見受けられないのだからこれは元からのものなのだろう。
男は堪えきれずに腹を抱えた。
それに狼狽える女の様子が更にツボにハマり、男の腹筋の痙攣は暫くは止みそうにない。

なんというギャップ。
なんという無垢という愚かさ。

嘲りと羨望を抱きながら、男は目尻に溜まった滴を拭った。
これほど笑ったのはいつ以来かと頭の片隅で思い、喉を鳴らす。
不安気に此方を窺う女にクスリと微笑み

「喜んで」

告げた応えに、女は頬を桃色に染めて笑みを浮かべた。







.



「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -