Notte 
天候の集いし円卓にて

静寂に包まれたその場所で、7人の男達が円卓を囲んでいた。
ある者は退屈そうに、あるものは眠たそうに目を擦り、またある者はそんな緊張感の無い者達に苛立ちながら、彼等はただ一人を待っていた。



「全く…、この僕を待たせるなんて相変わらずいい度胸だよね、彼は…」



その内の一人、鴉の濡れ羽色をした髪の持ち主――ボンゴレ雲の守護者 雲雀恭弥――が、言葉とは裏腹の苛立ちとはほど遠い平淡な声色でそう呟いた。
誰かに聞かせる為のものでなかった為それ程大きな声量ではなかったにもかかわらず、部屋に満ちる静けさと、その場に居合わせた者達が皆聴覚に優れた者だった事も関係し、小さな独り言は皆の知る処となった。
同感だ、と苦笑する者もいれば、今にも文句を浴びせそうな顰め面で睨む者もいる。
それに次いで、独特な笑い声が同意した。



「君と同意見なのは不快ですが、確かに言えてますね」

「へぇ、南国果実が賢くなったね」

「いえいえ、煩く囀しか能の無い雀風情には劣りますよ」



にこやかな笑みで返された毒に、ふーん…と目を細めた恭弥は、「なら…」と不敵に口の端を吊り上げた。
その笑みに、何名かが頬を引きつらせる。



「彼もまだ来そうに無いし…、ちょっとした暇つぶしにはなるかな」



音も立てず、恭弥がゆっくりとした動作で席を立つ。
合わせて、「クフフ…」と口元の笑みをそのままに、ボンゴレ霧の守護者 六道骸もまた席を立った。
両者の浮かべる笑みにマズイと悟った武が「おいおい…」と呆れ、集まったメンバーの中で最も戦闘能力に乏しい最年少の青年――雷の守護者 ランボ――が小さな悲鳴を漏らし座っていた椅子ごと後退すると、二人は既に己の武器を構えているではないか。
「参ったな…」と困り顔で頬を掻く武の横で、隼人はもう我慢ならないと怒声を上げた。



「お前等いい加減に…っ!」

「相変わらず血気盛んだな、お前達は…」



隼人の声を遮り、苦笑混じりの心地よいテノールが響いた。
声の主の方へ全員の視線が向く。
その存在に気付いていた彼のヒットマンはトレードマークのボルサリーノを目深に被り、口元に皮肉な笑みを浮かべた。



「ダメツナ如きの気配にも気付けねぇなんてな」



莫迦にする笑みに数名の眉が上がるも、組織内の二大トップを同時に相手にする気は流石にないようだ。
渋々下ろされる獲物に、来る待ち人――沢田綱吉――は苦笑する。
相変わらずな二人に困ったものだと思うものの、今回は待たせた自分が悪いと注意は胸に留めた。



「待たせちゃってごめんね、皆」

「いいえ10代目!10代目のお声に応えるのも守護者の使命です!!」



意気込む隼人に少し眉を下げ、控えめに微笑んだ綱吉は「そんな事より…」と聞こえてきた声にそちらに意識を向ける。
折角のストレス発散の機会を奪われた所為か、微かに眉根を寄せた恭弥がジッと綱吉を見据えていた。



「さっさと始めてくれない?
僕は無駄に時間を浪費出来る程暇じゃないんだけど」



君もでしょ。
疑問系でないその問いに、綱吉はただ口元に小さな笑みを浮かべるのみだった。










 ―――――――――

「任務でここを離れていた皆にももう伝わっていると思うけど、先日のキャッバローネのパーティで招待者の一人が殺された」



そう始まった会議に守護者の半数が表情を歪めた。
その場に居合わせなかった者にとっては、事実を目にしていないだけに信じ難いものがある。
しかし浪々と語る綱吉の眸に宿る光は、嘘も偽りも示してはいなかった。



「暗殺者の有力な情報は一切なし。
黒のローブを纏い、目深に被ったフードと口元を覆う布で顔は隠れ、性別も不明。
身長はおよそ165p前後。殺害に使用したのはデザートイーグル」

「デザートイーグルですか?身長の割に扱い難いものを使用してるんですね」


【デザートイーグル】
全長269mm、全高149mm、重量2053g、威力は拳銃としては高い事で有名。
反面、反動が大ききく訓練を積まなければ肩を外す恐れもある。
質量もあり、女性や子供の様な華奢な体躯には扱い難い拳銃だ。
そんな銃の特製を思い出し首を傾げるランボに綱吉は可笑しそうに笑った。
綱吉の意図が分からずキョトンと瞬くランボに「そうだね」と柔らかく微笑む。



「けどあの使用法には適してると思う」

「あの使用法?」

「銃身で殴りつけるっていう使用法」



訝し気に聞き返すリボーンに呆気からんとそう答えると、彼は納得と呆れを同時に表情に滲ませた。
全くない使用法とは言えないが、当然、銃本来の使用法とは言い難い。
世界有数の銃技を持つ彼からしてみれば邪道もいいところだ。
フン、と不機嫌そうに鼻を鳴らすと、隣に座していたランボの肩がビクリと震えた。



「だがそれならソイツは男で決まりだな。女の細腕でそんな芸当が出来るとは思えん」

「どうかな?」

「と言うと?」



考え込む様に腕を組み、眉を寄せていた晴の守護者――笹川 了平――がそう結論付けると、それを綱吉が否定した。
それに不思議そうに訊ねるランボに「直感」と笑った綱吉の回答は至極簡潔だった。
しかしそれを嘲る者は居ない。
この場に居る者にとって綱吉のそれは『絶対』。
平常ならばそれで皆が納得して終わる所だったが、今回は違った。
「直感て言えば…」あの夜を思い返した武が綱吉を見た。



「あの日ツナの勘、外れたんだろ?」



その言葉に皆が驚愕した。
普段表情を表に出す事のないリボーンですら目を見張っているのだから相当だろう。
言った本人である武も、武と同じ様に事前にそれを知っていた隼人もやはり信じられない様に顔を顰めている。
一身に視線を受け、綱吉は困り顔で笑った。



「そうなんだよね。…歳かな?」

「莫迦は休み休み言え」



間髪入れずにリボーンが辛辣な言葉を放つ。
それにも彼は緩やかな笑みを浮かべるのみ。
かつての家庭教師はそんな元教え子に疲れた様に嘆息した。
そんな師弟の遣り取りに骸は「そんな事よりも…」と口を開く。



「それが本当なら都合が悪いのでは?」

「危なっかしい君の唯一絶対の危機察知能力だからね」

「言ってくれるね…」



骸に続いた恭弥の言葉を受け、綱吉は手厳しいと苦笑を零す。
しかしなんだかんだでこの二人、相性は最悪だが気は合うのではと思う。
尤も、本人達は全力で否定するのだろうが…。



「まぁ、真面目な話をするとね、超直感が外れたっていうより…



外させられた、っていうのが正しいかな?」



肩を竦めた綱吉に、しかし皆はその言葉の重大さに息を飲んだ。
どういう事だ…。
静かに問うリボーンの声には重みがあった。
それに応える様に綱吉の目に真摯な光が宿る。



「これは飽くまで俺の予想だけど、俺の超直感を封じたか、妨害したんじゃないかって思ってる」

「そんな事が可能なのか?」

「中学の時白蘭に対抗する為、初代達の試練を受けたのは覚えてる?
その時俺は一時的に初代に超直感を封じられていた」

「つまり不可能ではないって事?」



怪訝そうな了平の問いに綱吉は10年前を回想する。
嵐の試練の際、綱吉は隼人と入れ替わっていた初代嵐の守護者、Gを見分けられない様にと初代ボス、ジョットにその超直感を封じられていた。
その事を告げれば恭弥が俄に眉を寄せ結論を下す。
それに頷く綱吉に空気が僅かに重くなった。
「一つ訊く」最初にその沈黙を破ったのはリボーンだった。



「それはあの日、お前がその暗殺者に逃げられたのと関係してんのか?」



ギョッと、皆が目を瞠った。
何を言っているんだと云わんばかりの顔である。
しかし、生憎とリボーンの顔には普段虚言を吐く際のあのニヤリとした不遜な笑みはなかった。
ただ真っ直ぐに綱吉を見詰め、答えを待つ。
その末、返ってきたのは口角を僅かに上げただけの綱吉の笑みだった。
チッ、と苛立った様子でリボーンが舌打つ。
「それは…」言葉を濁した問いは、本人より深刻そうに眉根を寄せた隼人からだった。



「関係してるね、この不可解な現象とあの暗殺者は」

「どうなさるのですか?」

「現状だと対策なし。
取り合えずは優秀な情報員からの情報待ちかな?」



肩を竦めた綱吉をリボーンは射殺さんばかりに睨み付けた。
それを受け、やれやれと頚を左右に振る綱吉に、その視線は益々鋭いものと化す。
しかしそんな不穏な二人の空気をものともせず、そう言えば、と再び話題を武が提供しだした。



「あの女の事はいいのか?」

「あの女?」



武の突拍子の無い科白に空気が弛む。
それにホッと安堵しつつ、不思議そうに頚を傾げるランボが復唱した。
それを尻目に、綱吉は待ってましたと云わんばかりにニヤリと笑う。



「勿論、皆にも把握してもらうよ。
特に、それぞれ交渉と諜報の任務が多い隼人と骸には」

「俺ですか?」

「おやおや…」



指名を受けた二人が、片や僅ばかり目を瞠り、片や愉快そうにクフフと笑った。



「皆にも、という事は、俺達もその女の捜索に当たるのか?」

「御名答」

「しかし獄寺は兎も角として、六道がいるなら俺達が手を貸す必要はないのではないか?」



そう疑問を投げ掛ける了平に綱吉は苦笑を返した。



「何も任務としてお願いする訳じゃないんだ。あくまで任務の片手間にお願いしたいんだよ」

「嗚呼、それで俺と六道が特に、なんですね」

「そう。二人は皆より他のマフィアと接触する機会が多いからね」

「やれやれ、人使いが荒いですね」

「おい骸」

「それで、貴方の意中の特徴は?」

「シルバーホワイトの髪と、アイスブルーの瞳の女だよ。
歳は俺達と同じぐらいか少し上かな?」

「それだけですか?」

「そう、それだけ」



にっこりと悪意なく笑った綱吉に、骸は己の頬が俄に引きつるのを感じた。



「これはあくまで忠告だけど、あまり彼女を嘗めない方が良い」

「ほう、流石は貴方が僕達を使ってまで見付けたい女性ですね。
今度は一体どの様な“愉しい”方なのですか?
敵対マフィアの御令嬢?
亡き人を一途に思う未亡人?
嗚呼それとも、同性愛者な御婦人ですか?」

「残念、全部外れだよ。
……それに最後のは記憶に無いんだけど」

「可能性の一つですよ。
しかし安心しました。
また君がそんな厄介な女性達に捕まったのかと思うと、僕ですら心配せずにはいられませんか「シュートゥのパーティーで男装してた美人な女性だよ」………」



途端、微妙な表情となった骸に守護者達の哀れみの視線が集った。
「まぁ、冗談はさておき」骸の反応を楽しんでいた綱吉が笑って告げる。



「彼女に注意が必要なのは事実だよ。
武が撒かれたぐらいなんだから」



それを聞き、ホウ、と誰かが感嘆の息を吐いた。
先程まで興味の薄かった恭也やリボーンも含め、皆の視線が武に向く。
視線を集めた武は困り顔で頬を掻いた。



「一瞬だけ前を横切った奴に姿が隠れてさ。その後、ソイツが居た筈のその場所に居なかったんだよなぁ」

「霧の幻覚能力者か?」

「うーん、状況で考えるならそうなんだろうけど、なんか違ぇんだよな。
上手く説明出来ねぇんだけどよ」

「でも外的要因があったにしても、武から逃れたんだ。実力は十分だろ?
俺のジュリエットは」



クスクスと、愉しそうに綱吉が笑った。
その笑みは何処か妖しく、不穏なるものを孕んでいるように見える。
一頻り笑うと、「頼んだよ」と皆を見渡し、今度は無邪気に微笑んだ。








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