藤堂尚哉の誤算と期待


この時代の黒龍の神子は、異世界からの来訪者であり洋服を身にまとっていることもあって、西洋的な美しさを持つと評判だ。対の白龍の神子は京の大店の一人娘で、可愛らしく着こなした女学生風の女袴姿に親近感がもてると噂になっていた。

その二人にあえて比べるとしたら目の前の少女は、和服美人と分類されるのかもしれない。だが、和服の色っぽい女性というよりも、市松人形のようだなと藤堂は思った。
顔は整っている、所作は美しい。しかし、小柄な体型や、幼い印象を与える顔立ちがそうさせる。美女ではなく、美少女だった。
藤堂の周りに集う女子たちの中には、あまりいないタイプである。藤堂もそれなりの年齢だ。さすがに未成年の女子と過ちを犯すわけにはいかない。とはいえ、この少女は外見のわりにはしっかり成人した女子なのだが。

その彼女は藤堂の顔を見上げ、可愛らしく首を傾げて言い放った。


「藤堂さんとの観覧車待機列って、一等の入ってない、はずれ無しくじみたい」

「は?」

「だってそうでしょう。はずれはないわ。貴方に構ってはもらえるのだもの。でも、一等の貴方だけは絶対に当たらないのをわかっていて、みんな並んでいるの。滑稽だわ」


夢見がちなやや舌っ足らずな口調だったが、その内容はひどく辛辣なものである。藤堂とて、自身の交友関係が綺麗なものではなく、偽りと打算の上に成り立つお遊びだと承知である。だけれども、それをはっきりと第三者から指摘されて気持ちの良いものではない。
いや、綺麗好きのお嬢さんにとって、藤堂の行動が不潔とされるのは至極当然のものとも考えられる。それなので、嫌悪され侮蔑の視線を受けることなど苦でもなんでもない。

ただ、問題なのはこの少女に言われたということと、彼女自身は藤堂の所行に対して特別否定の感情を抱いてなさそうな点だった。


「君も、意地張ってないで並びたければ並べばいいのに」

「ふふ、結構です。みなさんには魅力的なのかもしれませんが、私はあまり興味が抱けませんから」

「でも、気が変わることってあるよね。もし観覧車にとても乗りたくなったら? 僕の列に並ばなければ乗れないとしたらどうするの?」

「あら、それこそ問題ないわ。観覧車がひとつしかないなら、新しく作らせればいいもの。それに貴方が一緒でなければならないのならそれこそ、列に並ばなくても貴方の方からきっと乗ってくれると思うのだけれども?」


にっこりと、微笑む表情は無垢そのもので、高飛車に聞こえる台詞と彼女の見目が一致しない。思わず藤堂が、眼鏡を押し上げて瞬いてしまうほど。
だが、彼女がこのように毒舌なのはとうに知れたことなのだ。だから、内心で軽く舌打ちをする。

(まったく、扱い辛いったらないな)

正直な話、苦手だった。年下の女に気を使うなんてしたことがない。ただでさえ藤堂は、誰かにおべっかを使ったりするのは嫌なのだ。昔の、自分でも笑ってしまうくらい純粋だった頃は除き、やさぐれて帝都に来てからは特に。
本当はこんな女、さっさと泣かせて痛めつけてやりたいと思うものの蔑ろにはできない理由がある。

彼女の名前を、みょうじなまえといった。
みょうじ家は財閥とまではいかないものの、横浜でかなり大きな薬問屋を営んでいる。藤堂製薬とは競合関係にあるものの、懇意にしている部分もあり偽りであっても藤堂コンツェルンの跡取りを名乗る以上は良好な関係を築く必要があった。

(みょうじ家は僕の時代には藤堂の子会社になっているけど、それでも上層部におけるみょうじ製薬出身者の割合はかなり高かった筈だ)

未来を操作する為にきたとはいえ、不用意に歴史を変えて、未来への影響を残すわけにはいかない。どうせ、たった数ヶ月、目的を果たすまでの辛抱なのだからと自分に言い聞かせる。
言い聞かせたい、のだが。


「それとも、尚哉さんは私よりも自分に群がる蝶々さん方の方がお好きかしら?」

「……まさか。あんな蜂どもより君を優先するに決まっているでしょう、婚約者殿」


藤堂の言葉に、彼女はにっこりと満足げに微笑む。
そう。なまえは内々に決まった藤堂尚哉の婚約者だった。藤堂家の跡取りに成り代わって初めて、そんな存在を知った。本来は”本物の”跡取り息子に嫁ぐ筈の娘。藤堂家とみょうじ家が縁を結ぶ為に用意した政略結婚である。
だがどうやら彼女も知らされたのは最近らしい。藤堂家の跡取りが病気がちということで保留にされていた話が、帝都に危機が訪れたことで急速に進められてしまったのである。

(我が儘な小娘の子守をさせられるなんてね。面倒な女は、神子殿たちだけで十分だっていうのに)

寝不足に加え、藤堂の企みはここ数日、神子と八葉にことごとく邪魔をされている。萬が未だに記憶を取り戻さないのも応えていた。万全な時なら軽くあしらえるであろうなまえの毒舌は、弱った藤堂をいらつかせるに十分だった。

(一度くらい泣かせてもいいだろうか)

サディスティックな思考が過ぎる。縛って、泣かせて、痛めつけたらどんなにすっきりするだろう。だが、リスクが高すぎるため却下だ。今は。計画がうまく進行したらロンドの濃縮薬でも飲ませてやろうと心にメモを取る。


「それで、なまえさんはこんなところにおひとりで、僕に会いに来てくれたの? いつものお付きのばあやの姿が見えないけれども」

「ええ。そう。今日はひとりで会いにきたんです。尚哉さんとふたりっきりで、お話がしたくて」

「そりゃあどうも。感動しちゃうなあ。観覧車の列が捌けるのを待ってまで、僕と二人きりになりたいなんて。ばあやの前ではちょっと提案できなかったけどさ。僕的に婚前交渉はありだと思うんだよね」

「ふふ、尚哉さん。そういう提案こそ、ロンドを飲ませてからするべきよ」


藤堂の表情が、硬直した。
この女は今、何と言ったのだ。


「君、何を知って――」

「残念ながらあまり多くは知らないわ。少しだけ、この数日で尚哉さんの行動を見させてもらっただけ。ロンドは、すごい売れ行きね。うちの両親も絶賛だった。私は残念ながら、遠慮させてもらったけれど。ああ、安心して。誰にも言ってないわ」


彼女の言動に、動揺する。
数日見張られたからといって、計画が露呈するほどの悪手は取っていない筈。だというのに気づかれた。ロンドが、洗脳薬であると。どうしてだ。何がいけなかった。一瞬の間に、いくつもの可能性を思い浮かべるも、どれもありえないという言葉で打ち消されていく。
そして、はっと気づいた。
――違う。この女が賢いのだ。並外れて。


「尚哉さん、ようやく私を見てくれた」


剣呑な視線を向けられて、少女は嬉しそうに笑った。


「貴方が何者でもいい。貴方のことを、誰かに言いふらすつもりはない。……でも、私のお願いをひとつ聞いてほしい」

「お願い?」

「ええ。お願い、私をあの家から連れ出して」


藤堂は、なまえを見下ろす。
彼女はもう笑みは浮かべていなかった。ひどく冷静な顔で、鋭く、こちらを見上げている。帝都に来てから何回か会ってはいたが、こんな彼女は初めてだった。
だが、こんなのは計画外だ。彼女は危険すぎる。早急に、始末するべきだ。脳内での結論はすぐに出た。だというのに。


「なまえ、僕のすべてを背負う覚悟はあるの?」


衝動的に、掴んだ手首はすぐに折れてしまいそうなほど細い。久しぶりだ――こんなにまっすぐな視線を向けられたのは。彼女の丸い瞳の奥に、自分が見える。楽しそうに笑う自分。
あーあ、しまった。こんな筈じゃなかった。でも、ひとつくらいいいだろう。楽しみがあったとしても。



170521
藤堂さんお誕生日おめでとう!
連載やりたみありますが、とりあえず九段をだな…。



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