スイーツのお誘い


まったくどうして、こんなことになってしまったのだろう。この現状にただ、匡は頭を抱える。

目の前には、雑誌。スイーツ食べ放題特集とでかでかと書かれた、女性ファッション誌だ。ここは、女の家。至近距離に座るのは同じ学校に通う女子で、二人っきり。時折ふわりとなにやら甘い香りが漂ってきて、いけない気持ちになりそうになるのを、匡は懸命に押さえていた。

まるで彼女の家に遊びにきたかのような、このシチュエーション。だが、残念ながらそんなものではない。なまえとは、単なる腐れ縁だった。いわゆる幼馴染みなのである。
彼女の部屋に来るのは初めてではないし、二人っきりなのもいつものこと。だから決して、良い雰囲気になったりはしない、筈なのだが。

(こんな”女の顔”、見せられたら調子狂うぜ…)

なまえは雑誌を匡の眼前に差し出し、真剣な顔で期待するようにじっと匡を見上げていた。その頬は赤く染まり、瞳は軽く潤み、なんだか全体的に美味しそうだと匡は思った。
そんなことも知らず、なまえはじれったそうに繰り返す。


「どう思う?」

「…さっきから、お前の質問の意図が読めねぇんだけど」

「だから、どう思うって聞いてるの!ねえ匡はどう思うの、こういうスイーツ食べ放題って男の子は誘われて嬉しい?!」


望み通りの反応を得られない為か、やや苛立ち気味になまえは声を張り上げた。それに大して顔を顰めながら匡は、どうしてこんなことになったんだっけ、と思い返す。

切っ掛けは、この忌々しい雑誌だった。今日もいつもの対戦ゲームをしようと、なまえの家へやってきた。その時に、この雑誌が目に入ったのだ。
なまえは、甘いものが好きだ。幼い頃からのことなので、匡は彼女がその特集につられて雑誌を買ったことを一目で看破した。そして、尋ねたのだ。

――”彼氏とでも行くつもりか?”と。

それが、起爆スイッチになってしまったらしい。なまえは大きく目を見開いて、匡に詰め寄ってきた。
で、今に至る。

(面倒なことに首突っ込んだ…)

適当にあしらってはいるが、なまえの聞きたいことは、わかる。要するに、好きな男をスイーツ食べ放題に誘いたいのだ。だけど、甘いものを嫌いな男も当然多い。だから誘っても良いものか考えあぐねているのだろう。


「そんなもん、お前と付き合ってる奴だったら喜んで付いてきてくれるんじゃねえの」

「付き合って…ないし…」


どうやら、なまえに恋人はいないらしい。だが、好きなやつはいるようだ。
今までずっと側に居たものの、こう言った話をするのは初めてだ。連日のように匡と遊んでいるなまえに彼氏が居るとは思わなかったが、好きな男がいるというのも驚きだった。

(こいつが――こんな顔するなんてなァ)

顔を赤くし、なんだかしおらしいなまえはすっかり女の顔である。こんな表情を見るのは初めてで、匡も内心動揺を隠せずにいる。濡れた瞳で見上げられ、勘違いしそうなのだ。意識してなかったが、実はなまえは可愛らしい女だったということに今更ながら気付かされ、もう対戦ゲームどころではない。


「…お前さあ、こういうのは俺に聞くなよ。めんどくせぇ」

「めんどくさい?私のこと、めんどくさい女だって思う?!!」

「いや、確かに今の状況は果てしなく面倒だが、お前がめんどくさい女だとは言ってねぇよ!話を聞け!」


あわあわと焦りだす幼馴染みを宥める。ようやく落ち着いたなまえに改めて、聞いた。


「で、なにをそんなに悩んでるんだ?一緒に行きたいやつが居るならさっさと誘っちまえよ」

「でも…だって、やっぱり喜んでもらいたいじゃん。デートに誘いたいなとは思うけど、私だけ楽しくても、さあ…」


俯き加減に、それでもしっかりとそう言ったなまえに、どきりとする。

(――本当に、好きなんだな)

思えば、なまえがこんな真剣に他人のことを考えている姿を見たことはなかったかもしれない。自分が楽しければ良いのではなくて、相手の楽しいが大切、だなんて。そんなこと、匡自身もあまり考えたことがないというのに。
なんだか、なまえが手の届かない場所に行ってしまったように思え、妙に不快な気分になる。


「それで、匡だったらどうなの?」

「俺の好み聞いても意味ないだろ。好きな奴に聞けよ」


――原因不明の不快さに、思わず語気が荒くなった。


「幼馴染みだからって、俺に頼るんじゃねぇ!」


口にしてから、ハッとした。
…何を、むきになって叫んでいるのだか。なまえはただ、一番身近な男である匡に相談を持ちかけただけだ。それを、面倒だ、意味がないなどと…何故、彼女を責める言葉を並べてしまったのだろう。
先程までの、しおらしい様子のなまえが頭に浮かび、焦る。泣かせたらどうしよう。


「そんなこと言ったって…」


しかしなまえは、まだ赤い頬のまま匡を真っすぐ見上げていた。一瞬、躊躇うように顔を歪めたかと思えば、手に持っていた雑誌を匡に叩きつける。


「本人に聞くのが一番正しいって決まってんじゃん!だからこうして今聞いてんじゃん!ばか匡!!!」


叫ぶように言い放ち、なまえは一目散に部屋から駆け出ていった。引きとめる間も、掛ける言葉もなかった。ただひとりなまえの部屋に残された匡は、驚きに固まったまま彼女の言葉を脳内で反芻。

――彼女はなんて言っただろう。本人に聞くのが一番正しいから、今、聞いてる…?

それは、つまり。


「…は?!!」


遅れること、数分。素っ頓狂な声を上げるも、部屋の主であるなまえが帰ってくる様子はなく。

翌日、幼馴染みから差し出されたスイーツ食べ放題のチケット。それを拒否する理由を、匡は持ち合わせていない。


140418



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