綻びワルツ



人間、慣れないことは無理してやるべきではない。いくら外面を綺麗に取り繕ったところで、内面の育ちの悪さは隠しきれるわけがないのだ。


「…馬子にも衣装」

「いいい言わないで下さい!自分が一番わかってますからああ!!!」


私の姿を一瞥した沖田隊長の素直な感想に、私は恥ずかしいやら情けないやらで赤面する。


「今更隠そうったって、もう遅いですぜ。いい加減腹括れ」

「だって、は、恥ずかしいんです!!!」

「気持ちは分かりやすけど、俺たちは遊びに来ているんじゃないんでさァ。仕事じゃなけりゃ、俺だってこんな窮屈な格好ごめんだ」


沖田隊長は言いながら、燕尾服の首元を窮屈そうに引っ張った。そう、燕尾服だ。かっちりした黒、という点では何時もの隊服と変わらない。しかし今日彼が着用しているのは、間違えようがなく、燕尾服である。


「ま、あんたよりはマシですかねィ」


隊長の視線が私のつま先から頭の先を行き来し、私の頬は更に火照る。隊長がいう通り、燕尾服の方がまだマシだ。裾の方を引っ張って、改めて自分の服装を見つめる。白を基調とした、レースとフリルとリボンを沢山あしらったそれは、豪華な作りのイブニングドレスだった。私は普段から女の子らしい格好はあまりしない。似合わないからだ。今も慣れないヒールで躓きそうになるし、完全にドレス負けである。

しかし、自分がどれだけドレスを着たくなくてもこれは仕事だから仕方がない。今回の任務は、ある政府の要人の護衛だ。
私は顔を上げて、上座の席へと視線を滑らせた。会場内でも際立って目立つ、でっぷりと太った背の低い男。これが私たちが守らねばならない要人。このパーティーは大規模なもので、参加者は多種多様。なによりも数が多い。つまり、招かざる客がどこに紛れ込んでいるか知れたものではない。真選組、しかも幹部クラスが護衛に付くということはそれだけ危険が潜んでいるということだった。しかし当の本人は、グラスを片手に若い女性へちょっかいを出すことに夢中のようだ。


「なまえ。そんな凝視してたら不自然ですぜ」

「でも、仕事ですから」


私たちはいざという時に対処できるよう、一般客に紛れて配置させられてる。そんなことはわかっているが、放っておくわけにもいかないだろう。
沖田隊長は面倒くさそうに、私を見る。


「あっちは大丈夫でさァ。近藤さんも、土方さんも付いている」


なるほど。隊長の言葉どおり、彼の後ろには見知った上司の顔があった。


「今回の仕事は護衛だけ。いくら政府の要人だからって言っても、こんな慎重なのは規模がでかいからでさァ。人員も、実際はこの半分で足りる。今日は適当にパーティーを楽しめって近藤さんも言ってたし、気負うことねーよ」

「……はい」


仕事だから、と言われればこの似合わないドレスも割り切れるのに。楽しめだなんて、どうしたらいいか分からないではないか。この華やかな場所が私は苦手だ。


前触れなく、ホールの中心がざわつき始めた。徐々に、しかし着実にそのざわつきはホール内に伝染し、中心を空けるように人々が壁際へ捌ける。


「そういや、今日は舞踏会モドキでしたね」


沖田隊長の呟きと同時に、管弦楽隊が演奏を始めた。ワルツだろうか。クラッシック音楽や社交の場に疎い私には、それしか分からない。

けれど、引きつけられた。

大勢の男女が手を取り合って、回り、跳ね、舞う。それは美しく、優雅で上品。壮観だった。初めて見た舞踏会は、とてもきらきらして見えた。私は一瞬、今の自分の状況を忘れてさえいた。


「ずっと壁の花を決め込むつもりですかい」


隣に立つ隊長が、それとなく言う。私は聞き慣れない言葉に首を傾げた。


「壁の花?」

「そうやって、踊りもせずに壁に突っ立ってること」


踊ってもいいんですぜ、と隊長。どうやら私は、羨望の眼差しを向けていると思われたらしい。


「だって私、踊れないですし。…隊長は行ってきてもいいですよ?」


自分が踊りたいとは、全く思ってなかった。しかし何故か憧れを見透かされたような気恥ずかしさを感じて、誤魔化すように言い返す。


「なまえ」


名前を呼ばれた。何ですか、と振り向きかけて、刹那。


「一曲、お相手願います」


膝を折った沖田隊長が、私の手を取り、見上げる形で笑う。見慣れぬ燕尾服、加えて流れるワルツ。それが沖田隊長を、いつもと違って見せた。


「で、でででも仕事が!」

「あんなの二人に任せときゃ大丈夫でさァ」


心臓がうるさい。私は動揺している。赤面して訳の分からない言葉を口走る私を立ち上がった隊長は自然に引き寄せ、ワルツを踊る男女の中へと踏み込む。
ステップなんか踏んだことがない。ダンスなんて踊ったことがない。けれど隊長にリードされるままに、私は回り、跳ねる。


「いたッ」

「ご、ごめんなさい!」

「…大丈夫でさァ」


何度も隊長の足を踏んだ。何度も躓いた。私たちのワルツは、お世辞にも上品とは言えず、下手くそなワルツ。


「――そのドレス、似合ってますぜ」


さらりと告げた沖田隊長は、私が顔を上げたあとはもう、すまし顔だった。全く、これだから彼にはかなわない。

端から見れば綻びワルツ。けれど、恋の魔法に掛けられた私には、それは何よりも素敵なワルツだった。




綻びワルツ
(さぁ、お手を拝借)




「おい、見てみろよトシ」


近藤の言葉に、土方が振り向く。政府の要人の護衛という面白くない仕事中だ。だが、だからと言って気を抜いていいわけではない。


「近藤さん。目ェ離すとあのおっさん、また――」

「いやそれよりも、ほら、あっち」


言葉を遮って、近藤は土方をせかす。土方は仕方なく、近藤の指の示す方に目を向けた。


「…総悟となまえ?」


見れば、ホールの隅の方で沖田と名前がワルツを踊っている。ワルツと言っても、子供の遊びのような、下手なものであった。


「いいよなあ、あの二人。こっちまで和んでくるんだよな」


近藤の台詞に、土方は返事をしない。
しかしあの不器用なワルツは、他のどのワルツよりも綺麗だった。それだけは確かだった。


100224
綻びワルツ移転記念




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