学パロ ※連載夢主のまま学パロです 学校祭が終わったすぐあとの校舎は、不思議な静けさがある。ほんの一時間前までは一般客も沢山来ていてそれは賑わっていたのに、すっかり閑散とした廊下や教室を見ていると妙な寂しさが胸を締め付けた。 (最後の学校祭だったのに、全然回れなかったなぁ) 私のクラスの出し物はよくありがちな調理販売で、これが意外に賑わってしまった為に、最後の方はクラス全員総出で働かなければならない程忙しかった。裏方の私は調理室でひたすら包丁を握っていて、この2日間、嫌というほどずっとまな板の白ばかりみていた。 しかし、その忙しささえも最後のいい思い出となったのは間違いない。ただ、後輩たちのクラスを回れなかったことは残念。特に、野猿くんのクラスと弟のクラスには、絶対行こうと決めていたのに。彼らには後で埋め合わせをしなければならないだろう。 そんなことをぼんやりと思い返しながら、疲れた身体を引きずって歩く私の前方に、白衣を纏った背中を見つけた。よく見知った白衣姿に、一瞬で疲れも忘れて私は声をかけた。 「スパナ先生!」 振り返ったのは、着くずしたワイシャツの上に白衣を纏った金髪の男。彼は私を見て目を瞬かせる。そして、少しだけ口元に笑みを浮かべた。 「助手子か。どうしたんだ、こんなところで」 「先生は見回りですか?」 「ああ。後夜祭に出ない生徒は帰さないと」 彼、スパナ先生は物理の先生だ。今年、非常勤講師として来たばかりの若い先生。私は何故か先生と関わりが多く、よく雑用やなんかを手伝っていた。 「助手子は後夜祭、出ないのか?」 スパナ先生の問いに、私は曖昧に笑う。 「うーん、どうしようか悩んでいるんです」 生徒主体で行われる自由参加型の後夜祭には、毎年殆どの生徒が参加する。今も校庭には沢山の生徒が詰めかけているだろう。私も毎年出ていたのだけど、なんだか今日は気が乗らなかった。 「フォークダンス、踊るの下手くそですから」 言い訳するように言うと、先生は「そうか」とあまり気に留める様子もなく答える。それが、全く相手にされてないみたいで、悔しくてちょっと意地悪な質問を投げかけてみた。 「スパナ先生はフォークダンス、出ないんですか?」 「ウチは教師だ。生徒主体の後夜祭に出るわけにいかないだろ」 「でもスパナ先生人気ですから、きっとみんな喜ぶと思うなぁ」 実際、スパナ先生は人気だ。少し近付き難い所があるけれど、質問には丁寧に答えてくれるし授業もわかりやすい。それに、たまに見せる笑顔が凄く、可愛いのだ。 先生目当てで物理教室に足を運ぶ女の子も、少なくはない。私はそんなつもりは全くないけれど、ふとした瞬間、先生の横顔見とれることはなくはないのだった。 「別に、生徒に人気でも嬉しくはない。ウチは生徒に興味ないよ」 困るにしろ呆れるにしろ、少しは反応を見せてくれると思いきや、先生は淡白に呟いただけだった。 先生と私は、割と良い関係だと思う。友達よりは気安くなく、でも先輩よりも頼れる先生。私が頼る代わりに、授業の準備の手伝いをした。そして何よりも、先生と話すのは楽しかった。それは、決して一方通行ではないだろう。 しかし先生の淡白な態度に、それが否定されたような気分になったのだ。やっぱり教師と生徒の壁は厚いのか、とちょっとだけ寂しくなる。 「…残念。フォークダンス、踊りたかったです」 やけくそで、ふてくされたように言った言葉。思わず口をついて出た本音の呟きに、先生はきょとんと首を傾げる。 「? 今から行けばまだ間に合うだろう」 「そうじゃなくて」 その先を言うべきか、躊躇った。でも、もう最後だ、どうせあと卒業まで半年もないのだ、と思ったらここで黙り込むのも馬鹿らしい。一度位、本気で先生を困らせたって罰は当たらないだろう。 「スパナ先生と一度踊ってみたかった…なんて…」 目を逸らしながら呟いた後、案の定訪れた沈黙。何も言わずにこちらを見ているだろう先生の視線が苦しくて、すぐに「冗談だよ」と否定しようと、無理やり笑って顔を上げた。すると、突然スパナ先生の手が伸びてきて、私の肩を掴む。肩に触れた温もりに、思わず心臓が跳ねた。 「せ、先生?」 「物理科学数学…ウチは何でも学んだ」 じっと、見つめられる。真っ直ぐな視線。その顔にははっきりとした表情がなくて、先生が何を考えているかは全くわからない。 「科学で説明できないことはない。この世の中のコト、殆どは科学で成り立っているから。解らないことは調べて、納得するまで研究するのがウチのポリシー」 そこで一度言葉を切る。専門家で研究者らしいポリシーだ。けれど彼が何を言おうとしているのかはわからなくて、私は首を傾げた。先生は少しだけ目を伏せて、その後、はっきりと続けた。 「助手子、あんたは正直理解不能だ」 ――鈍器で殴られたかのような衝撃だった。 「あんたといると、科学でも数学でも解析不能なことばかり起きる」 「せ、先生は私が嫌いなんですか」 震えそうになる声を抑えながら、懸命に言葉を紡ぐ。嫌い、と言われたら私は泣いてしまうだろうか。なんて思いながら。だけど、先生は私の言葉に微笑を浮かべた。 「違う。解らないからこそ、解明したいと思うんだ」 掴まれてた肩が突然解放され、よろめくように少しだけ後ずさりする。が、間髪入れずに今度は手が掴まれた。えっ、と先生を見上げると、先生はとても優しい目で私を見ていて。 「踊るんだろ、フォークダンス。偶然、不思議なことにウチもあんたと踊りたいと思ってた」 「でも、先生は、生徒には興味ないって」 「ウチは、あんたを生徒として見たことはない だから問題ない、と告げた先生にとっさに何も反応できない。それって、それって、と慌てて赤面した私を急かしたスパナ先生は、今まで見たことがないような、それは素敵な笑顔。 されるがまま、私たちは人気のない廊下でステップを踏んだ。 お手を拝借 (卒業したら、この気持ちを正面から告げられるだろうかと思案しながら) 連載設定の必要があったかというと、正直微妙。 091007 |