クリスマスケーキ



すっかり忘れていた。本当に、すっかり忘れていたのだ。


「今日、26日じゃん」


その呟きは、思ったより情けない声になった。そして手元の箱を困ったように見詰める。

――メリークリスマス。
カードが添えられ、綺麗にリボンが掛けられたそれは紛れもないクリスマスプレゼント。今朝、宅急便で弟から届けられたものであった。


「ああ、クリスマスなんてすっかり忘れてた…!」


情けない、なんとも情けない。仕事に夢中になってて気づいたらクリスマスが終わっていたなんて、若い女の子として…なんか終わってる気がする…!
まぁ、それはいいのだ。今更自分に女の子らしい可愛さを求めているわけじゃないし、弟には今度プレゼントを返せばいい(余談だが、我が家ではクリスマスはプレゼント交換が義務付けられている。なんとも、イベント好きな家族だ)。

問題は。


「スパナ…に、プレゼント買うの忘れてた」


上司だった。つい最近できた、私の上司。プレゼント交換の約束をした訳ではない。けれど。


「確かイタリアでは、お世話になった人にプレゼント贈るんだよねぇ」


白蘭さんの受け売りだ。でも、お世話になったのは確かだから、贈りたいと思っていたのも事実。


「それを忘れてたなんて!」


スパナもクリスマス興味無さそうだし、今回は諦めるしかないかな…。(現に、昨日も一緒に働いていたのに話のひとつも出なかった)

溜め息を吐いて私はスパナの居る部屋のドアを開けた。




*




「…え?」

「え、じゃない。助手子来るの遅すぎ」


スパナは、いつものツナギ姿でそこに座っていた。呆けたように入り口に立ち尽くす私を、急かすように言う。


「け、ケーキ?」

「あんたがいないから、食べれなかったんだ。早く食べないと休憩終わるぞ」

「じゃなくてなんでケーキ!?」

「クリスマス、だろ」


クリスマス。
………クリスマス!

たった今、諦めた言葉をあっさりと言われてちょっと胸が苦しくなる。


「…スパナ、私」

「早く座って。食べないの?」

「わ、私!」


声を張り上げた私を、スパナは訝しげに見て口を閉じた。


「私、プレゼント用意してない…」


するとスパナは「何を今更」と呟いた。


「プレゼントも何も、クリスマスは昨日だ」

「でも…それはクリスマスケーキじゃない」

「ウチが食べたかっただけ」


スパナは再度、早く座れと私を促す。


「日本のクリスマスは、恋人と過ごすってきいた」

「…まぁ間違っちゃいないけど」

「あんたもどうせ恋人いないから、クリスマス祝ってないんだろ。ウチは恋人じゃないけど…それでもいいならケーキ、一緒に食べよう」


どうせ恋人いない、て失礼だと思う。でもそんなスパナにも恋人はいないようだ。(なんか安心したけれど、理由はわからない)
でも、私は先に言ったようにプレゼントを用意してなくて。


「だから私、プレゼントないよ!」

「いらない。そんなもん」


スパナは呆れたように目を細めた。


「あんたが助手として手伝ってくれてるだけで、ウチは十分、助かってる」


だからプレゼントはいらないと、スパナは当たり前のように告げてフォークをケーキに刺した。



メリーメリー
クリスマスケーキ



(…お礼に、今度御節料理作って)

(はいはい)



私だって、スパナのような上司を持てて幸せなんだけどなあ。

081227



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