何度でも見つけてね


職場の上司とそういう関係になるまで、時間はそうかからなかった。自然な流れで当然といった風に私たちは恋人同士になったのだった。


「でも、不思議だな。スパナとはずっとこうして、そばに居たような気がするの」


いつものように、背中合わせで仕事をしている最中。その合間の、双方気が抜けた時間に私はなんとなく呟いた。少し休憩、と腰を上げて備え付けのミニキッチンへ向かう。ポットのお湯を急須に注ぎ、おなじみのマグカップと一緒に席に戻る。急須の中身は緑茶だ。スパナは緑茶を好むので、近頃はおいしい茶葉を取り寄せる楽しみができた。

新しく煎れなおしたカップのうちひとつを、彼の手元に煎れたてのそれをそっと置く。自分の分を手に取りながら、自分の言葉を頭の中で反芻した。
それは前から度々、思っていたことだった。スパナの元で働き出してからそろそろ半年になる。私は技術系の仕事なんてしたこともないし、専門的な知識も持っていなかった。けれども、どうしてもという彼の熱意に絆されて、私はスパナの助手に転職したのだ。
スパナがどうして私を選んだのか、理由は未だによくわからない。急なスカウトに当初は動揺したけれど、弟が世話になっている正一先輩と親しい方と聞いて、私の人となりなどを知った上できっと話を持ちかけてくれたのだ――と、勝手に思っている。私としては、真相がどうであっても構わないのだけれど。


「スパナがこの広い世界で、私を選んで助手にしてくれたのって、なんだかすごい。私みたいな女の子はきっと、世界中でも沢山いると思うから。縁があったんだっていってしまうとそれまでだけど、なんだか運命的だなって考えちゃう」


スパナがどうして私を選んだのか。あまりその点を深く追求しないのは、現状に自分がとても満足しているからだ。
私はこの半年で、自分の仕事が大好きだと心から思えるようになった。そして、スパナのことも。まるで欠けてしまったピースを見つけたような、そんな風に彼の存在は私の心にぴったりと寄り添っている。なくてはいけない、大切なものだと思う。まだ知り合ってからは短いのに、こんな風に想える相手と出会ったことに、未だ感激してしまうほど。
私のぼんやりとしたつぶやきに、背中合わせに座ったままのスパナが答えた。


「運命と言うよりも、必然だ。ウチと助手子は出会うべくして出会ったし、助手子がウチの助手になることはきっと、もうずっと前から決まっていたことなんだ」


彼の返事に私は少し驚いて顔を上げる。スパナが運命だなんて曖昧なものを肯定するなんて、珍しく思った。茶化すような態度ではないし、淡々と答える様子からみて、本気でそう考えているらしかった。
運命よりも、必然。それはつまり、運命なんて曖昧なものではなく、もっと確実に彼と私との縁が繋がっているのだという彼の考えに基づくものである。


「もし、あんたと出会わない未来があったとしても、ウチは無意識に助手子を探し続けると思う。そういう気がする」

「ふふ、珍しいね?スパナがそんな、非科学的なことを言うなんて」

「まあ、そうだな。でもなにがあるのかわからないのが、人生だから」


そこで、スパナは身体ごと振り返る。伸ばされた腕。カップを作業台に置いてから彼の腕を掴むと、そのまま胸の中に引きずり込まれる。
半分、スパナの膝上に乗せられた状態でぎゅう、と抱きしめられた。オイルの匂いがする。暖かい。私の大好きな場所だ。


「それを運命って呼ぶのかもしれないけど」

「ふふ、そうだね」


彼の、髪を梳く指が気持ち良い。されるがままに甘やかされる。もしこの状態を他の職場仲間に見られたらとても冷やかされそうだが、今は休憩中だ。許されるだろう。


「あ」


ふと、スパナが手を止めた。少しだけ私を解放すると、首をちょっと傾けて私の目を見つめる。


「助手子、手貸して」


言われるがまま、左手を差し出す。するとスパナは何かを探すようにポケットを探りーーそして、取り出したものを私の指に通す。左手、薬指。まるで指輪のように填められたそれはーー。


「……ナット?」

「ん、代わり。とりあえずこれで、我慢して」


よく見るナットだ。代わりとは、どういうことだろうとスパナを見上げると、ちゅ、と頬にキスを落とされた。彼はまっすぐ私を見つめて、甘くささやく。


「この仕事終わったら、一緒に出かけよう。あんたの指にぴったり合う指輪を買ってやる。だから…」


スパナの目は、真っ直ぐ私に向けられている。その瞳は硝子細工のようにきれいだ。真剣な眼差しに、彼の言葉の続きがなんとなく察せられて、私の鼓動が早くなる。そうして、彼はその言葉を私にくれる。


「ウチと、結婚しよう」


突然のプロポーズ。
けれども、どこかそれは懐かしくて。この光景を、ずっとずっと遠い昔に聞いたことがある気もして。その懐かしさと、愛おしさに私の涙腺が緩む。
耐えきれずこぼれた涙にスパナが目を丸くする。でも彼があわて出すその前に、私は彼の首へと抱きついた。鼓動はどんどん早くなる。けれどもそれは、全然嫌なものではなくて。


「助手子…?」

「ん、スパナ、大丈夫だから。あとね、私スパナのこと大好きだよ」


嬉しくて、嬉しくてたまらない。スパナが大好きでたまらない。だから、もちろん、彼への返事は考えるまでもない。
きっと、遠い遠い昔に、この言葉も決められていたのだから。


「ずっと、手を離さないでね」



160428
「プロローグ後でプロポーズ話」でした。リクエストありがとうございました!



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