口は災いのもと


予定外の展開である。
マフィア養成学校を短期間で卒業し、現場での新人研修を経た俺は、無事に帰国しすぐにでも10代目のお役に立つつもりだったのだ。それが、こんな形で足止めになるだなんて考えもしなかった。


「なーんか、チェデフにすげぇやつがいるって聞いたから連れてきたのに、思ったよりフツーだな」


開口一番、その言葉に腹が立った俺に非はないだろう。こっちの意志丸無視で勝手に拉致られて、正直な話うんざりである。そう、この誘致には、拉致という言葉が相応しい。帰国直前になって、突然現れた黒コート軍団。見るからに危ない匂いしかしない彼らに、問答無用で連れ去られたのだ。


「あれ、ずっと黙ったまま?つまんねー」

「きっと、先輩がおっかないからですよー。ミーはその気持ちよくわかりますー」


手足を拘束されたまま、暢気に自己紹介できるやつがいるなら俺が会ってみたい。心の中で呟きながら、目の前の金髪とカエルを睨みつけた。きっと、どっちもキチガイだ。
暗殺集団、ヴァリアー。それは裏社会でも名の通った組織の名だった。同時に、ボンゴレ直属でありながら独立を宣言するという異色な集団でもある。ひとつ言えるのは、隊員は誰しもが優秀なマフィアであるということ。
しかし本来俺には関わりのない組織の筈だった。俺は、戦闘員ではない。


「…手違いだと、思うんスけど」


このまま転がされているわけにもいくまい。とりあえず、話が一番通りそうな人に話しかける。


「俺は、技術者です。ヴァリアーに関わる人材じゃねーっスよ」

「あらまぁ、意外としっかり口きけるのねぇ。大抵の子は、びびって言葉にならないのよ」


…オカマだった。ちょっと予想していたけど。でもオカマが常識人ではないという、いわれはない。むしろこの場の誰よりも常識的に見える。


「でも、間違いじゃないわよ。メカってあんたのことでしょ。ボスが直々に連れてこいって言ったんだもの」

「や、だからボスさんの勘違いとか…」

「貴様!ボスを愚弄する気か!」

「ししっ、テメェはうるせーよ」


部屋の端で巨漢が怒声を上げた。しかし直後、その身体に数本のナイフが刺さる。
きっとこれは日常茶飯事の光景なのだろう。巨漢も大事なさそうだし、ナイフを投げた金髪も笑っているし、放っておく。
と、部屋の大扉が開いた。


「う゛ぉぉい!てめぇら騒いでんじゃねぇぞぉ!」


声を上げながらやってきたのは長身の男。腰まで伸ばした銀髪が揺れた。俺は、その男の名を知っていた。


「スクアーロさん、ですね」

「ああ、お前がメカか。話は聞いてるぜ」


スペルビ・スクアーロ。ヴァリアーの二番手。かつては、ヴァリアーのボスの座にも相応しいとも言われていたらしい。やり手のマフィアだ。


「突然、悪かったなぁ。とある会合でお前の話を聞き、ボスが興味持ちやがったんだ。新人研修中っていうんで、ウチがお前を引き取ることにした」


彼のその言葉に、ようやく合点がいった。スクアーロは俺が世話になった養成学校の卒業生である。また、当時彼の同級生であったディーノはうちのボスの兄弟子だ。
俺の存在は、あまり公にされていない。ヴァリアーはほぼ間違いなく、その筋から情報を仕入れたのだろう。


「でも、俺は日本に…」

「あっちからの承諾もあるぜぇ」


ぺらりと眼前に掲げられた紙。
イタリア語はまだ自由自在とは言えないものの、その末尾には見たことのあるサイン――沢田綱吉の名があった。
どうやら、逃げられそうもない。ボスはヴァリアーに折れてしまったようだ。


「…噂が、独り歩きしているとしか思えません。確かに珍しい扱いかもしれない、でも俺を誘致してあんたたちにメリットは、ないと思います」

「それは、クソボスに言え」


スクアーロはちらりと背後に目をやった。

(………っ!)

刹那、感じた鋭い殺気に圧倒される。その場にいること自体が困難なほどである。
そして扉からやってきた男は、ジロリと俺を見やった。噂以上であった。これほどの純粋な殺気を感じたことはなかった。
ザンザス、次期10代目とも言われた男。


「俺の決定に逆らう気か」


一言の重みが格違いだ。
身体がふらつきそうになる。それでも、俺は必死に睨み返す。こんなところで怖じ気づくわけにはいかない。そんな事のために、マフィアになったのではない。


「逆らうも何も、元々俺は貴方の配下に下ったわけではない。悪いけど、俺のボスは沢田綱吉ただ一人だ」


ボスの名を口に出した途端、部屋の温度が急激に下がったように感じた。ここでは、その名は禁句。それくらいわかっていたが、告げないわけにはいかなかった。
もしかしたら、殺されるかも。
頭の隅で思いながら、ザンザスの答えを待つ。


「…あのガキが目を掛ける技術者、どんな下らない奴かと思えば、なかなかに面白い」


そのまま、即ミンチでもおかしくなない状況だったので、その言葉に面食らう。ザンザスは口端を僅かに上げて言った。


「半年だ。うちで半年生きていられたら、お前のことを認めてやる。もし逃げ出したり無様な姿を晒したりしたら……カッ消す」

「いいでしょう。生き抜いて、認めさせてみせます」


かくして、地獄のヴァリアー研修が始まったわけであったが、この時の俺は、これがまだ序の口であることを知らないのであった。



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完結アンケートより、メカ(弟)のヴァリアー時代でした。リクエストありがとうございました!

まだまだ話を膨らませそうなので、また機会があったら書きたい。

120412



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