未来で待っていて このマフィアの世界に入ってから、驚くことは沢山あった。けれどもこの度の驚きは、とびきりのものだった。 「助手子、固まっちゃってどうしたの」 後ろから、抱え込まれるようにして伸ばされた腕が、私を引き寄せる。耳元で囁かれた声がくすぐったくて、そして彼の足の間に座っているらしいこの状況が恥ずかしく、もう顔は酷く熱を持っていた。 「すすすスパナなんだよね!?」 「うん、そう。だから怖がらないで」 「そう言われましても!だって、十年後って…!」 そう、十年後。改めて口にしてみても、わけがわからない。けれども現実に、事態は起こっているのである。 原因は、正ちゃんの部屋にお邪魔したことだった。そこで私は突然何かの爆発に巻き込まれ、気づいたらここにいた。 曰わく、十年後の世界に。 「10年バズーカっていうんだ。正一がそのころ研究していたもので、助手子は被弾してこの時代の助手子と入れ替わった」 「この時代の私が今、向こうにいるんですか…大丈夫なんでしょうか」 「うん。五分でまた戻るよ」 にわかには信じがたい事態。でもこの時代のスパナは、スパナと私しか知らない筈のことを知っていたし、やっぱり雰囲気は同じで、スパナだということは間違いないのだ。 (同じ…?) 否、そんなことない。このスパナは、すごかった。すごく、色っぽいのだ。いつものスパナもたまにキザなことを言ったりするけれど、その比ではなかった。すっかり可愛さが抜けて、大人の色気というやつを発しているように思えて仕方がないのだ。 「いつもの助手子も素敵だけど、昔の助手子は少し幼くて可愛いな」 「ちょ、ちょっとちょっと!スパナ…!」 「五分しかないんだから、いいだろ」 ぎゅっと抱き締められ、首筋に顔を埋められる。頬に柔らかな髪の感触がして、思わず身を堅くした。 その後、必死に頼み込んで離してもらった私は、ようやく十年後のスパナと向かい合うことができた。今より十年分年を重ねたスパナは、昔の面影を残したまま、けれど落ち着いた風情である。 「あ。でもお腹に三人目がいるから、向こうのウチはびっくりだろうな」 「……三人目…?」 「うん。子ども」 さらっと告げられた事実に、目眩すら感じる。十年後のことなんて、考えたこともなかった。 「ちょうど、そろそろ帰ってくるころだ。会ってく?」 「いえ、いいです」 突然、十年後の世界に飛ばされて、未来というべき事実を告げられ、勿論驚いている。でも、嫌ではない。嫌ではないけど、面白がって先を知ろうとは思えなかった。 「助手子は、この時代のこと何も聞かないな。ウチとのこととか」 「本当はすっごく気になります。でも、いずれ経験することだから、今知る必要はないと思うんです」 未来といっても、それが本当に自分の進む先かどうかはわからない。可能性がある、未来のうちの一つにしかすぎない。 けれども、先のことを知れば知るほど、縛られてしまう。数ある可能性が絞られる。だから、聞かない。未来は自分で進むものだ。 「この時代の私が、スパナと一緒にいるってわかっただけで、十分幸せで安心だったから」 スパナは、ふわりと笑み頷く。 その時、引きずられるような感覚がした。戻る時間が来たのである。私がスパナの手を軽く握ると、彼も優しく握り返してくれた。 「ウチも、あんたとずっといられて幸せだよ」 * 「助手子ちゃんごめんね…!大丈夫だったかい?」 再び目を開けた時、そこには正ちゃんとスパナがいた。元の時代に戻ってきたのである。二人は突然の出来事に混乱しているだろう私に、心配顔で話しかけてくる。 けれど、私は笑っていた。 嬉しかったのだ、今も先も、彼といられることが。 ------------- 完結アンケートより、十年後の話でした。せっかくなので、10年バズーカの話にしてみました。 ショウさん、ありがとうございました! 120406 |