君のことだから


「痛いところ、変わったところはない?」


全身の変化をくまなくチェックされた後にその言葉に頷き、私はようやく解放される。程よい疲労感に腰を下ろせば、彼はドリンクとタオルを手渡してくれた。

正ちゃんこと、入江隊長に頼み込んで始めた"戦闘訓練"。それは私が、この後もスパナの隣で生きていくには必要なことだった。今まで全く無知であった私は毎日、少なくとも三時間は、仕事を放ってでも参加するように言われている。
その内容は、軽い体力作りから始まり、集団戦の戦略、重火器の扱いなどバリエーション多彩だ。渋々ながら承諾してくれたスパナの協力もあり、なんとか仕事との両立ができている状況なのである。

この訓練は私が望んで始めたこと。弱音は吐かない。けれども。


「良かった。助手子に何かあったら、どうしようかと思った」


心底ほっとしたようなスパナの顔に、私はいつも困ってしまう。彼はとても、過保護で心配症だった。だから、どんなに仕事が立て込んでいても訓練の際の送り迎え、そして怪我の有無のチェックを忘れない。私を想ってのことだとはわかる。でも、ちょっと大袈裟な気もして、訓練よりもそちらに閉口していた。


「スパナ…それは、毎回しなければならないことなのか?」


私の気持ちを代弁するように口を挟んだのは、正ちゃん。正ちゃんに直接訓練をしてもらうことはないけれど、色々な面でサポートをしてもらっている。
その関係で、よく私と正ちゃんとスパナは、訓練場の前で鉢合わせするのである。


「助手子ちゃんが心配なのは、わかる。でもその過度のスキンシップはしなくていいんじゃないのか」

「ダメ。見た目で分からなくても、悪いところがあったら困る」

「…うちの訓練は、しっかり監督者がついている。医療チームだって控えてる。万が一大怪我をしても、対応できる。信用してないのかい」


もっともな意見だった。大体、もし怪我をしていてもスパナは手当てが得意とは言えない。それでも譲れないらしい。どうして?、と目線で問えば、彼は真剣な顔をした。


「信用してないというか…助手子のことは自分の目で判断したいんだ」


言い切り、優しく頭を撫でられる。その温もりに心が、痺れた。


「もし助手子が大怪我でもしたら、ウチはその相手を許さないよ。ウチのモスカの実験台にする」

「…もう、スパナったらそんな怖いこと言わないで。大丈夫。私は無茶、しないから」

「助手子がしっかり者なのは、よくわかってるよ。でも、それでも心配は消えない」


じっと、見つめられる。見上げる形で、髪を梳かれながら言葉を待つ。


「助手子はウチのなんだから、他人に良いようにさせてはおけないだろ」


横から腰に手を回され、ぎゅ、と引き寄せられる。包まれる感覚が心地よくて、されるがままに彼の胸に身体を預けた。


「…助手子ちゃん、それも毎回、やらなきゃ駄目なのかな」


再び、先程と同じような問いを正ちゃんが口にした。けれども今度は、私にである。


「えっ私ですか。何かしましたっけ」


本当に思いいたらなくて首を傾げれば、正ちゃんは呆れたように息を吐く。彼の後ろのチェルベッロたちが、クスクスと笑った。


「入江様は、辟易しているのです。お二人があまりにも、熱々なので」

「それはもう、羨ましいくらいですから。毎回お腹いっぱいです」


そのように言われ、初めて私は自分の状況を見下ろした。いつもの癖でつい、スパナに抱き付かれてしまっている。確かに、公衆の面前では良くなかったかもしれない。


「ちょっと、スパナ?」


それでも拘束を解こうとしない彼は、更に力を強めて笑ったのだった。


「いいよ。見せ付けてやれば」




「いや、本当に目のやり場に困るから、いちゃつくのは部屋に帰ってからにしてくれない」

「無駄です入江様。お二人とも、聞いていません」




----------------
完結アンケートより、ラブラブな二人とげんなりする入江、でした。
キラさん、ありがとうございました!

120406



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -