お引き取りください


一目惚れをした。
彼女を目にしたその瞬間、僕は胸の高鳴りを抑えることができなくなった。


「ご、ごめんなさい!前見えてなくて…」


ぶちまけた工具を慌てて拾い集めながら、彼女は申し訳なさそうに僕に頭を下げる。日本人だからだろうか。同じ隊に所属しているどの女性よりも、小柄に見える。控えめな黒髪も、瞳も、新鮮に感じた。


「お怪我はありませんか?」


片膝を付き僕を見上げる彼女。その麗しき名を僕が知ったのは、その翌日のことである。



マフィア界の中で圧倒的な力を見せ、優位に立ちつつあるミルフィオーレファミリー。一種独特な白と黒の制服で統率されたこの組織に、不釣り合いな程"普通"を感じさせた例の彼女。地獄に天使が迷い込んだようだと語れば、僕の先輩にあたる隊員が何でもないように答えた。


「ああそれ、ブラックスペルの助手子さんだな」

「えっ、天使のこと知ってるのか!?」

「彼女、この基地では有名なんだよ。もう一年以上になるけど、白蘭様が直接スカウトしてきたんだ」


僕の天使発言を完全にスルーし、彼は丼をつつく箸をとめて告げる。
てっきり誰かの親戚だとか、臨時の手伝いだとかを想像していたので、彼女が組織の人間であることに驚く。それに、一般人をスカウトなど普通ある話ではない。ボスの白蘭様は色々規格外の方だが、能無しをスカウトはしない。ただの女の子に見えたが、あれで何か才能があるのかと考えると、ますます気になってくる。


「助手子さんの話? 彼女、マフィアっぽくないよな。ホワイトスペルの俺らにも、気さくに話してくれてさ」

「それに優しい。この前医務室まで案内してもらった」

「入江司令官も彼女に目を掛けてるみたいだぞ」

「少し前までこの基地に居た、アフェランドラ隊の連中相手にも、物怖じしなかったぜ」


周りに居た奴らが口々に語る。聞けば、助手子さんは随分気さくな子であるらしく、そんなに親しくはないものの、少なからず彼女に関わったことのある人間は多いようだ。


「お前、助手子さん狙ってんの?」


聞き役に徹していた俺に、不意に一人がぽつりと聞いた。隠す必要も無いだろうと照れながら僕が頷くと、その場の全員が顔を見合わせ、青ざめる。
「やめとけ、あれは勝ち目ない」

「残念。短い恋だったな」

「ジャッポネーゼがいいなら地上で探せ」

「な、なんでだよ!?」


肩を叩き気の毒そうに言われ、意味がわからず声を上げる。すると言いにくそうに、告げられた。


「彼女、スパナの専属アシスタント兼恋人なんだよ」


*


ブラックスペルのスパナといえば、有能だが変わり者で有名。もっぱら扱い辛いという噂だ。僕自身は遠目で見たことがある程度であるが、スパナは恋愛が得意なタイプにはみえないし、そもそも特定な部下を手元に置いていることに驚く。
が、その唯一の部下が助手子さんで現在の恋人ということは、そもそも下心あっての採用だったのだろうか。


(あの、ぼけっとしたやつがね。上司部下の関わりでなんとなく付き合ってるだけじゃないのか?)


助手子さんは、スパナに流されて付き合っているだけではないのだろうか。彼女は本心からスパナを好いているのだろうか。
希望的推測で、ついそんな風に勘ぐる。それは少なくとも、僕が恋愛面においてスパナに負けるとは思えなかったからだ。仕事仕事で助手子さんを寂しくさせているとしたら、割り込む隙があるのではと思う。なんとも小狡く、完全に略奪愛であるが、それでも助手子さんを独り占めできるなら安いものである。

(そう、僕なら彼女を寂しがらせたりは決してしない)

というわけで、スパナの研究室に直行したのだが――。


(…なに、これ)


それが、僕の感想の全てだった。


「昨日はぶつかってしまって、ごめんなさい。お怪我はなかったですか?」


スパナの工房に僕が訪ねて行くと、助手子さんは笑顔で迎え入れてくれた。表向きの用事は、壊れたモスカの修理依頼だ。彼女は僕を覚えてくれていたらしく、気遣うような優しい言葉に僕の胸は高鳴る。
一方スパナは、「ふうん」と一瞬呟いたきり、僕へは対した関心を示さなかった。同僚達の様子から、やたらスパナが警戒してくるのかとでも思ったのだが、そんなことは無いようであった。

(けど、仲睦まじさは噂以上かも)

作業するスパナを、助手子さんは慣れた様子でサポートする。無駄の無い仕事ぶりだ。息のぴったり合ったその様子から、どれほど互いに信頼し合っているかが伺える。恋人の雰囲気というには甘さが些か足りない気もするが、その二人の世界には入り込む余地はまるでなかった。同じ部屋内なのに、僕は放置もいいところだ。極めつけには、


「助手子」

「…スパナ?」

「髪に糸くず、付いてたよ」


助手子さんを引き寄せ、スパナは彼女の頬を撫でた。その頬はすぐに朱に染まる。笑んだスパナはどこか色っぽく、助手子さんの目はとろけている。――こんな恋愛小説さながらの動作を見せ付けられて、良い気分などしない。しかも恋敵なのだ。僕は思わず顔をしかめた。

と、不意にスパナは僕を見やり、それから助手子さんに指示を出した。


「…助手子。悪いけど、ちょっと部品取りに言ってもらえない?」


先程の雰囲気はどこへやら、助手子さんは二つ返事で了解し、すぐに部屋を出る。仕事のできる女性は更に魅力的だ。ますます好きになってしまう。
だが今、そんなことはどうでも良かった。問題は、スパナがおもむろにこちらに向かって近づいてきたことである。


「ねぇあんた、第8部隊所属だよね」

「…そうだけど」

「助手子のこと、気になってるだろ」


直球。飾らず、的のど真ん中を射る言葉にどきりとする。僕が訪ねて来た理由はとうに気づいていたのだろう。釘を差しに来ることまでは予想済みであったが、何を言われるか、されるかはまるでわからない。思わず身構える僕に、しかしスパナは笑みさえ浮かべ、ただ一言告げる。


「残念だけど、君の想いは助手子には届かないよ。ウチは誰よりも助手子を愛しているし、これからも彼女に余所見させる暇なんて、与えないから」


言い切ったスパナの表情は、自信に満ちている。僕という恋敵の出現に焦る素振りは微塵もない。それは二人の絆の深さを表しているようであり、自分への自信と相手への信頼と、両方を持ち合わせていてこその言葉なのだろう。


「それでも諦めつかないなら、ウチ、正々堂々と相手するけど?」


スパナの視線を真っ直ぐに受けた僕に、もう為す術は残されていない。これは勝ち目はないだろうと、僕はただ、がっくり肩を落とした。



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第三者からみた二人でした。
光也さん、リクエストありがとうございました!
110803



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