二人の分まで幸せに 少し急な階段を駆け上がると、満天の星空が私たちを待っていた。今にも零れおちそうな星々が煌めき、瞬き、淡い光で地上を照らす。その美しさは幻想的で壮大で、果てしない宇宙を連想させた。 「晴れてよかった!」 雲ひとつない今晩は、絶好の天体観測日和。といっても、望遠鏡も天体用カメラもなくて、ゆったりと星空を見上げるだけなのだけれど。 それにしても、こんな時には並盛が田舎でよかったとつくづく思う。この時代、こんなに沢山の星が肉眼で見えるのは、少し住宅街を離れてしまえばまだ自然も豊かに残ってる並盛ならではだからだ。 「スパナ、どうかな。私のお気に入りの場所」 「――とっても、素敵」 恐る恐る恋人の顔を覗き込むと、彼は星空に目を向けたまま微笑む。目を輝かせている彼の姿に、私は大成功だと思わず頬が緩んだ。 久々に取れた二人揃っての丸一日の休み。割と大きめの仕事を終えた翌日で、部屋でゆったりしていたい気もあったけれど、私たちはあえて外出デートを選んだ。休みといっても、職業柄いつ急用を言い付けられるかわからないから。 そして最後に訪れた、私のお気に入りの場所。最近はすっかりご無沙汰してたのだけれど、ふと思い出して、スパナに見て欲しくなったのである。 「ここ、小さい頃にね、弟と一緒に遊んでいる時に見つけたの」 幼い頃に偶然迷い込んだこの場所は、並盛住人もあまり知らないであろう、穴場なのだ。以来ずっと家族だけの秘密で、友達にも教えたことはなかった。 「夏の大三角形が良く見えるな」 スパナは優しく呟く。 この時期になると特に目立った煌めきをみせる、こと座のベガ、わし座のアルタイル、はくちょう座のデネブを結ぶと大きな三角形ができる。夏の大三角形だ。名前を聞いたことがある程度の私に、スパナは指を差して丁寧に教えてくれた。 「スパナは天文学もできるの?」 「できるって程じゃない。多少、知識があるだけだ」 スパナは博識で、努力家。天才だとか言われることもあるけれど、それは彼が今まで努力してきた結果である。天文学は古来、科学にも数学にも精通する学問だ。きっと彼は一般常識以上のことは勉強したことがあるのだろう。それでも決して驕ることのない彼の姿を、私は誇らしく感じる。 「ところで、ベガは日本で織姫、アルタイルは彦星とも言われているみたいだね」 「あっ、七夕!」 織姫、彦星。聞き覚えのある単語に、私は慌てて今日の日付を確認して声を上げた。 「すっかり忘れてた。明日、七夕だ」 「タナバタ?」 「うん、七夕は聞いたことないのかな。スパナ、織姫と彦星の伝説は知ってる?」 「天の川で隔てられた恋人同士の話、だろ」 「そう。折角出会って相思相愛になったのに、そのせいで仕事をほったらかしにしたから神様に怒られてしまったんだよね」 天の川に隔てられて以来、織姫と彦星が会えなくなるラストに、幼い頃は毎度悲しくなっていたものだ。 「ウチなら、そんなヘマしない。いくら恋人と居るのが嬉しくても、浮かれて仕事をしないのは、よくない」 スパナの答えは、なんとも彼らしいものだった。私がこっそり感心していると、スパナは急に私に向かって笑んだ。 「それに、ウチの織姫はちゃんとウチのこと、理解してくれるし」 さらりと言ってのけたスパナに、思わず頬が熱くなる。ここで「誰の事?」なんて聞くのは野暮すぎる。私は、負けじと言い返した。 「…私の彦星は、仕事している時が一番素敵だからね」 「助手子、顔真っ赤」 「い、言わないでよっ」 スパナとはもう恋人になって少し経つけれど、こういったやり取りにはまだ慣れることができない。すぐに真っ赤になってしまう自分を情けないと思うけれど、そこが可愛いなんて言うから、なおのことだった。 「そ、それでね。日本では、七夕になると短冊に願い事書くの。それで、笹の葉に括りつけるんだ。そうすると願いを聞き届けてくれるっていわれてるんだよ」 赤くなった顔を誤魔化すように言うと、スパナは繋いだままの手にぎゅっと力を込めて、私の顔を覗き込んだ。 「助手子。笹、どこかから貰って帰ろう」 予想通りの答えだ。私は、にこりと笑って胸を張って告げる。 「ふふ。そういうと思って、実はもう用意してあります」 「え」 「仕事が終わってから言おうと思って、忘れてたの。でもあとは飾り付けて短冊書けがいいから、帰ったらやろうね」 「楽しみだな」 「そうだね」 私も、短冊に願い事を書くなんていつ振りだろう。今から何を書こうかと悩んでしまう。 「でも、困った。今、幸せすぎて願い事が思いつかない」 私の思考を見透かしたようなスパナが、真面目な顔で言うものだから、私はたまらなくなって彼に抱きついた。 二人の分まで幸せに。 (私たちは、天の川に隔てられたりしないから) 完結アンケートで頂いた、七夕話。ゆいさん、薫さんありがとうございました! 110705 |