仕事病と天職


自分の無意識下での行動にふと気が付いて、その依存度に愕然とする。偶々寄った本屋で、私は手にした本を確認して苦笑いを浮かべた。

『簡単に家庭の味が作れる』『手軽に本格和食』から『ロボット工学の歴史』『機械入門』、果ては『裏社会の実情』まで。

徹夜明け、久々の1日お休み。スパナに許可をもらって、丁度基地の真上のショッピングモールに来ていた。
切れかけていた日用品、頼まれた買い物は終わり、せっかくだからと最後に寄った本屋。仕事の関係で不規則な休憩しかとれないけれど、何か本でもあれば暇潰しくらいにはなるだろうと思ったのだ。すっかり仕事中心の生活に慣れてしまった自分に、少々呆れる。


(それでも、ねぇ)


これは、ない。
ここまで来ると、呆れを通り越して恐怖すら感じる。ぱっと見て、興味を持った本を手にとっていった後。その、半分無意識で選んでいった書籍のタイトルを確認して驚いた。


(……完全に職業病だ)


そのチョイスは見事に今の仕事に関連するものばかりだった。
それはいかに、私が今の生活に馴染んでいるかを表している。

流石にこの量は買いすぎだろうと、溜め息を吐いて何冊かを棚に戻す。
今までは触ろうとすらしなかった、技術系の本。けれど毎日オイルにまみれる生活をしている今は、どこか親近感が湧く表紙だ。


(毎日が楽しい仕事…って、すごいよね)


住み込みの働きなのに、私は苦痛を感じていない。能力向上を考えるくらいに、のめりこんでいる。


(昔は仕事、休み時間が待ち遠しいかったもの)


自分は決して技術者に向いてはいない。助手が精々関の山。でも、生き甲斐になっているのだからある意味天職だったのではないだろうか。


(そう言ったら、あの人はなんて言うかな)



*


結局本は二冊だけ買った。
基地へ戻った私は、また休むのも忘れて整備をしているであろう上司に、淹れたてのお茶を用意して会いにいく。


「助手子おかえり」


予想外に、スパナはドライバーを手にしていない。ただ、押し入れの中のものが散らばっている。


「どうしたの、部屋の掃除?」

「ああ、うん。これ探してた」


差し出された一冊の本を受けとって、私はスパナを見返す。


「これは?」

「ウチが、学生時代にお世話になった参考書。語学の勉強も兼ねて、日本語のやつ使ってた」

使い込んであるのがよくわかる。それにしても、日本語も同時に勉強するなんて流石スパナだ(専門用語は、私でさえ意味が読み取れない)。


「それ、助手子に貸すよ」

「えっ私?」

「この前、基本的な理論に興味持ってたから」


驚いた。スパナが私を、よく見ていることに。そして私の為にわざわざ押し入れをひっくり返してまで探してくれたことが、じわりと胸に沁みる。


「ありがとう、嬉しい」


素直に受けとると、彼は得意気に笑った。


「助手子はいつも、ウチのために働いてくれてるから。もっと我が儘言ってもいいんだぞ」

「や、スパナに比べたら私なんてまだまだだもん」


いつもながら、恥ずかし気のない彼の素直な言葉になんだか照れる。素直に相手を誉めることができるのは、スパナの美点だ。私の方こそいつもどれほどスパナの言葉に救われているか――やはり、本屋での選択は間違っていなかったと思う。


「お礼というわけではないけれど、今日はちょっと手の込んだ料理にするから楽しみにしてね」


結局二冊の料理本を買ったのは、スパナが私の作る料理を、いつも喜んでくれるから。こんな些細なことでしか恩を返せないけれど、でもそれで少しでも彼に協力できているのならそれでいい。何よりも、スパナの喜ぶ顔が見たいのだ。


「助手子が作ってくれると、百倍美味しい」

「ふふ、お世辞言っても何もでないよ?」

「…ウチの側にいてくれるだけでいいよ」


それは、頼られているということなのだろうか。今までは一人で仕事をこなしてきたらしいから、私なんかでも、少しは役に立てているのか。


(私も、支えたいと思う限りだから、そうなら幸せかもしれない)


不意に、思い至る。


("技術補佐"じゃなくて、"スパナの助手"が天職なのかも…)


慣れない機械も、難しい理論も。興味を持てたのはスパナがいたから。


(そう言ったら、スパナはどんな顔するだろう)


でも、やっぱり面と向かって言うのは恥ずかしくて、この気持ちは料理に隠しておくことにした。


100604




×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -