俺と上司 先日、「近いうちに家に帰ります」という簡単なエアメールが届いた。いかにもイタリア的な風景が描かれた絵手紙で、それ自体は至って普通のものである。問題は、それが1ヶ月近く音信不通だった姉からきたものだということ。 「信じられます!?1ヶ月ですよ?いきなりイタリア行くって出ていったきり連絡も寄越さないでさ、何いきなり帰るとか!」 俺はまくしたてるように言ってから、苦笑した男の前に座る。そうなのだ、あの姉から連絡があった。今朝手紙を受け取った俺は両親に内容を伝え、それを握りしめたまま出勤。職場に着くなりボスに呼び出されて今に至る。 「メカは、噂通りシスコンだね」 笑った男に、俺は頬を膨らませた。シスコンなんて心外であるが、(これが幼なじみの憎きフゥ太ならまだしも)彼に食ってかかるわけにいかない。何故ならばこの優男こそが俺のボスだからである。 「ボス、噂ってなんですか」 頬を膨らませたまま聞き返したら、彼は「知らない?」と意外そうな顔をして教えてくれた。 「君が凄くシスコンで、だから彼女は作らないって噂。フゥ太が流してたみたいだけど」 あ、あの腹黒…! 今にでも奴のところへ向かい、一発殴ってやりたい気が湧き上がったが、なんとか抑えて踏みとどまる。今はボスの前、そんな粗相を起こすわけにはいかない。 「…言っときますけど根も葉もない噂ですよ」 「はは、わかってるって。でもメカはモテるのに何時までも彼女作らないから噂が広まるんだよ」 「いや、俺がモテるわけないでしょ」 ちなみにだが、メカというのは俺のコードネームである。メカニックのメカ。単純でこっぱずかしい名前だが、仕事上機密情報を扱ったり本名は伏せたい場面が多い為、無くてはならないものだ。本来は仕事中でのみ使用なのだが、しかし、ここへ正式に雇用されたばかりの俺は既に愛称としてメカが定着しつつある。(その原因に厄介な幼なじみの影があるのだが、このコードネームは信頼する上司がつけてくれたもの。そこは許すとしよう) 「じゃあ早速、今回の任務だけど――」 俺がボスから直接受ける任務は、少ない。少ないがとても重要な任務ばかりだ。今回は幸い、そこまで危険なものでも面倒なものでもないらしい。「了解」と返事をすると、ボスは優しく微笑んだ。 「メカの仕事は早くて確実だから、俺も安心して任せられるよ」 素直にその言葉が嬉しくて、俺は照れ隠しに頭を掻く。 「そういえば、君がこんなに優秀なんだからお姉さんもさぞ気だてがいいんだろうってこの前、幹部で話してたんだ」 「それこそ的が外れた予想ですよ。そんな気だて良かったら心配しません」 「メカはそう言うけどね。あいつが、新しく事務員が欲しいから引っ張っちまおうか、なんて言っててさ」 あいつというのはボスの師である人だ。かくいう俺もその人にスカウトされる形で今ボスの下で働いている。俺はその人をとても尊敬しているし、逆らうつもりもない。が、今の話には待ったをかけざるをえなかった。 「冗談じゃない! そりゃまぁ、ここは居心地もいいし俺は不満ないですけど、それじゃあ今心配してる意味がまるでないというかなんというか、」 「大丈夫だよ。メカがそういうと思って、ちゃんと止めておいたから」 ボスの言葉に息を吐く。ボスの師は、欲しい人材は無理にでも揃えるタイプだから正直焦った。 「俺も、本人が了承しない限りはこっちの世界には足を踏み入れるべきじゃないと思ってるからね。身内なら尚更だよ」 ボス、といってもまだ年若いその男は、凄く優しい人物だ。そこが甘いともいわれるがそれが彼の魅力なのも確かである。俺はこの人の下で働けて幸せだ。だから一刻も早く彼に頼まれた任務をこなしたい。 ボスに挨拶をして、部屋を出ようとドアノブに手をかけたその時。ボスが何気ない様子で俺に言った。 「メカ。そのシスコンぶりで、この先大丈夫?」 「…どういう意味ですか」 「お姉さんの今回の転職。もしかしたら男、かもしれないよ」 まさか! 男の影のまるでない姉貴に限って、それはないだろう! 俺は軽く笑って部屋を後にした。 MY BOSS 090224 |