俺と姉貴




「イタリア?!」


何気なくさらりと告げられた行き先に、思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
意識せずに大きくなってしまった俺のその返事に、姉も持っていく服を選別する作業を中断する。


「あー…うん」

「はぁ? 姉貴イタリア語どころか英語も喋れねーじゃん!そもそも海外旅行初めてだろ?せめて最初は中国らへんから、」

「ちがくて!旅行じゃなくて海外研修!」


そんな急な海外研修なんてあるだろうか。否、ない。普通はありえない。
今日帰るなり突然「明日から海外研修行ってきます」と言われて信じるやつがいるだろうか。それもイタリア、あろうことかイタリア。


「ていうか、姉貴は事務仕事だろ?あんなちっさい職場がイタリアに支店持ってるとかありえねー」

「ああ、あのね…転職した」


転職。
つまりは今までの仕事を辞めて、別の仕事を始めたということ。


「…姉貴、リストラされたからって危ない仕事を始めるのは」

「ちょ、何勘違いしてるかわかんないけど、今度の仕事は技術開発系のちゃんとした会社だから!それにね、引き抜きだから私!」

「技術開発?」

「そう!!どっちかっていうとあんたの分野に近いかも。事務員が欲しかったってことで引き抜き扱いで転職することになっただけ。お母さんたちにももう言ったから」

「えー引き抜きなんて嘘だろ、お前が?」

「お姉ちゃんをお前とか呼ばない!!」


残念なことに姉貴はちょっと危なっかしいところがあるため(何もないところで転んだりとか)その手の詐欺に引っ掛かってないかと妙に心配になったのだ。弟の俺に心配されるとか、正直かなり頼りない姉貴だ。でも海外に関しては俺の方が多少の知識がある為、その点、素人の姉貴より海外の怖さは知っていた。


「イタリア研修ね…普通さ、技術は日本のほうが発達してんのにわざわざイタリア行くか?」

「…本社がイタリアなんだって。大丈夫、変な会社じゃないし。日本語でも問題ないって云われたし」


どうも引っかかる。突然の転職、そしてその次の日にはイタリア行き。普通ありえなくね?普通の親はそんな怪しい研修に娘を送り出さないだろう。


(が、当の両親は「あらそう」で終了。だからこそ俺は頭が痛いのだが)


「そんなに心配されなくてもいいのに」

「いや、他の国だったらまだしもイタリアだからなあ。姉貴、イタリアはマフィアの宝庫だぜ?絶対一人で路地裏とか行くなよ。つか、最初マフィアに就職でもしたのかと思った」

「……あはは、まさか」


マフィア、と出したときちょっと姉貴の顔が引きつった気がした。まさか知らなかったのだろうか。
でも取りあえず、技術系なら大丈夫だと思う。そもそも姉貴は物理が大の苦手な完全文系女。間違ってもマフィアの技術部なんかに就職できるような頭はない。「ふぅん」と曖昧に返事をしたら姉貴は振り向いて言った。


「あ、もしかしたらさ、あんたの留学先近いかもよ?見学に行こうかな」

「…!」

「なんだっけ?ボン、ええと、ボ…ボンバー?」


記憶が曖昧らしい。姉貴が思い出そうとしているのは、俺がつい数か月前まで在籍していた留学先の学校の名前だ。


「い、いいよ!部外者が行ったら迷惑になるし」

「何?知られたくないことでもあんの?」

「ねーよ!!」


どうやら雲行きが怪しくなってきた。
この前留学先を聞かれたときは何の心配もなく答えてしまったのだが、これからイタリアへ行くという姉貴に知られたら若干やっかいになりかねない。姉貴の記憶力が弱くて助かった。
荷物を詰め始めた彼女に、俺は最後の質問を投げかけた。


「就職先なんて会社だっけ」

「うん? ―――ミ…ミルフィーユ」




MY SISTER

(マフィアとか言うからばれたかと思った…!!)


090109



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