私と俺と僕の休日



ラ・ナミモリーヌは、この辺りでは一番美味しいケーキ屋さんだ。優しい手作りの味とお手頃な価格で、広い世代の女の子たちを引きつけて止まない。店の前のテラスはちょっとしたデートスポットとなっていて、テラスに向かい合って座って仲睦まじく過ごすカップルをみる度に、羨ましく思ったのを覚えている。


「助手子さん、遠慮しないでどんどん食べて?」


そんなラ・ナミモリーヌのテラスにて、私の向かい側で爽やかな笑みを浮かべたその青年。それは残念ながら学生時代に憧れたような恋人ではなく、何故か弟の幼なじみなのであった。





「僕、ここのケーキとっても好きなんだ」

「あ、私も!たまに割引とかしてると思わず買っちゃうよね」


私とフゥ太くんは幾つかのケーキを挟み、お互い顔を見合わせて笑った。じゃあ遠慮なく、と私はモンブランへと手を伸ばす。美味しい。ケーキ、食べたの久しぶりだ。丁度良い甘さにほっぺたを押さえた。


「良かった、助手子さんに喜んでもらえて。メカからよく話は聞くけど、こうして話すのは久しぶりだから」

不意に安堵したような表情を浮かべたフゥ太くんにそういえば、と頷く。フゥ太くんは、弟の幼なじみだから何度か会ったこともうちに遊びに来たこともある。幼い頃のフゥ太くんはそれはそれは可愛くて、礼儀正しくて、良い子だった。時々やんちゃが過ぎる弟とフゥ太くんがどうして仲良くなったのか不思議だったけれど。
でも、弟を挟んでの間接的な関わり以外は、ほとんどなかったのだ。


「そうそう、私もよくフゥ太くんの話は聞くんだよね。でもフゥ太くんがこのお店の常連だっていうのは、初めて知ったよ」

「フフフ、僕は知ってたよ。助手子さんがここのケーキが好物だって」


柔らかく笑うフゥ太くんがあまりにも素敵だったから、なんとなく恥ずかしくなって視線をずらす。
フゥ太くんは、幼い頃の可愛らしさをそのままに素敵な好青年へと育った。あんなに小さかったのに、いまでは私よりはるかに身長はある。職場でも随分モテるのだ、と聞いたことがある。とても年下(しかも未成年)とは思えない魅力だ。恐ろしい。


「ところで、どうして今日は私を?」


昨晩家にかかってきた電話。弟は不在だったのだけれど、フゥ太くんにケーキバイキングに行かないか、と誘われたのは私だった。彼はどことなく思い詰めたような声色だったから、何か相談でもあるのかと思っていたのである。


「ああ、まぁメカのことでちょっと相談があったんだけど」


フゥ太くんは曖昧な微笑を浮かべ、紅茶のカップを持ち上げながら言う。


「そんなに深刻なことじゃないんだ。ただの口実だから」

「口実?」

「そう。僕が、助手子さんとデートするための口実」


……仮に年下であっても、弟の親友であっても、素敵な男の子にこんな風に言われて動揺しないわけがない。ただでさえフゥ太くんは、同年代の青年らしからぬ落ち着きと物腰の柔らかさを持っている。つまり、大人っぽいのだ。
そして情けないことに、私は真っ赤になって口ごもってしまった。


「あ、助手子さん」

「な…何?」

「クリームついてるよ」


そう言ってフゥ太くんは、ハンカチを手ににこりと笑った。焦って自分のハンカチを出そうと目を走らせたが、「じっとしてて」と囁いたフゥ太が近づいてくる。片手には、依然とハンカチが握られていた。
(ま、まさか…!?)
固まる私。しかし彼はお構いなしに――私の口元を拭ってくれたのだった。まるで少女漫画のワンシーンみたいな展開に、頭が真っ白になる。


「え…あ、ああありがとう…?」

「構わないよ。ふふ、助手子さんってなんか可愛いよね」


どうしようリアクションの仕方がわからない、そしてめちゃくちゃ恥ずかしい…!
火が出る、を通り越して顔が燃えそうな勢いである。もう耐えられない。その時、背後からフゥ太くんを呼ぶ声がした。


「フ ゥ 太 ?」


聞き覚えのある声。それもその筈、そこにいたのは噂の弟だった。突然の弟の登場に、フゥ太くんは動揺することもなく答える。


「なんだ、メカか」

「なんだじゃねーよ。何、してんだこんなところで。しかもうちの姉貴と!」

「何って見ればわかるじゃない。デートだけど」

「だからぁあ!なんで姉貴とお前がデートするんだよ!ありえねーだろ!」


弟は、凄い勢いでフゥ太くんに食ってかかる。我に返った私は、このまま掴み合いでもはじめそうな彼らに、慌てて口を出す。


「ちょっと、店先で騒ぐのやめなさい。迷惑でしょ」

「誰のせいだと思ってんだ馬鹿姉貴…!」


わなわなと手を震わせて言う弟。誰のせいって、元々フゥ太くんの知り合いなのは彼である。私は誘われたから来ただけなんだから、責められるいわれはない筈だ。


「君が邪魔してくれたから、良いムードが台無しだよ。それは兎も角、君は今日、京子姉たちとショッピングじゃなかった?」

「い、いやそれは…」


フゥ太くんの問いに、今までの勢いはどこえやら弟の返事は急に歯切れが悪くなった。それを聞いてフゥ太くんはにやりと笑った。あ、なんか黒い。


「聞いてよ助手子さん。メカったら、上司の大切な女性を二人もはべらせてショッピングに洒落込んでたんだ」

「お前は誤解を招くことを言うなァアア!!」


響き渡る絶叫。
私は溜め息を吐いて、ケーキを口へ放り込む。

並盛は、今日も平和です。




私と俺と僕の休日




おまけ。

「京子さんとハルさんには、ちゃんと一言断ってきたから!」
「へぇ、置いてきたの。ツナ兄に言っとくね」
「ちょ、ちゃんと話を聞け!」
「あとど京子姉とハル姉に直接聞くからいいよ」
「フゥ太ぁあああ!!」
「(そういえば、フゥ太くんは助手子姉って呼んでくれなくなったなぁ)」


091102



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