遺言




今までボンゴレ側がいくら呼びかけても彼らは貸す耳ももたなかった。それをなぜ、今になって交渉を持ちかけるのか。


「罠です」


そうとしか考えられなかった。明らかに不自然な持ちかけだった。日時や場所、人物までもが向こうに指定されていた。
そして、指定されたのはボンゴレの次期後継者――十代目、沢田綱吉である。


「奴ら、十代目をおびき寄せて命を狙っているに違いない。俺にはそうとしか思えない」


獄寺隼人は、沢田綱吉の守護者である。彼には綱吉を守る義務があった。そして、ボスをみすみす相手の巣窟へと送り込むわけにはいかない。綱吉も馬鹿ではないし、その裏に隠された悪意を見逃すわけもない。しかし、彼は時々獄寺にも理解しきれないような行動を取る。今こんなに真剣に話を持ちかけているのは、まさか交渉の申し出を受けないだろう、と思いながらも一抹の不安を拭えないでいたからであった。


「――罠、かもしれないね」


綱吉は、獄寺に視線を送らないままに呟いた。彼は、手にしたティーカップをゆっくりと机へ戻す。

(矢張りわかっていらっしゃった)
しかし、そう獄寺が胸をなで下ろしたのも束の間、綱吉が続けたのはとんでもない言葉だった。


「俺は交渉を受けるよ」

「は!?罠なんですよ!?」

「そうだね、罠の可能性は高い」


矛盾している。罠だとわかっていて、何故行こうというのだろう。


「落ちつけ、獄寺」


尚も反論し、どうにか止めようと思っていた獄寺に、綱吉は静かに言う。


「俺に、勝算がないように見えるか?」

「十代目…」


真っ直ぐ見つめられた綱吉の瞳には、覚悟が宿る。その答えは、もう決められたものなのだと思い知らされた。

(問題ない、自分が守ればいいのだ)

獄寺は、無理やり納得するように目を瞑った。







彼らが到着したと聞いて、俺は一目散にその部屋に向かい勢いよく扉を開けた。


「隼人先輩っ!お久しぶりです!」


ノックも無しに飛び込むと、振り返った隼人先輩がびっくりしたように目を丸くする。


「メカか…?」

「先輩が来てるってきいて、仕事放ってきちゃいました!」


隼人先輩はボンゴレ10代目ファミリーの嵐の守護者であり、名実共にボスの右腕である。俺は幹部の先輩たちに良くしてもらっているが、中でも隼人先輩とは特別親しかった。それは俺が入ったばかりの時、隼人先輩に後見人となってもらったからだ。
俺が息を切らしたまま笑うと、先輩はにやりと笑った。


「相変わらずだな、メカ。お前の仕事ぶりは噂に聞いてるぜ」

「いや、隼人先輩の後輩としては当たり前っスよ。先輩こそ、ちゃんと右腕して下さいね」

「おう、言われなくてもな」


先輩は、乱雑に俺の頭を掻き回す。なんだかんだで面倒見がいい先輩を、俺は兄貴のように慕っている。
そんな事をしていたら、後ろから忍び笑いが聞こえた。目線を向けるとそれはボスで、俺は慌てて頭を下げた。


「お久しぶりですボス…!」

「メカ、元気で良かった。山本から聞いてると思うけど、報告してくれる?」

「はい!」


ボンゴレ十代目であるボスは、優しく強い人である。会うのは久しぶりだが、ボスが居るだけで身が引き締まる思いがした。改めて、この人の下で働けることを嬉しく思う。


「俺も昨日ここへ到着したばかりなんですが、本部陥落はさっき山本さんに聞いて知りました。それまでは情報収集と、ボスに言われた確認の仕事を中心にヨーロッパに…」

「戦場に出たって聞いたが、本当か?」


隼人先輩の問いかけに頷く。


「戦闘回避の為に戦ったのは何度も。大きな部隊を指揮したのは、ヨーロッパの局地戦で一度。ヴァリアーからの要請です。こちらは新人隊、相手もミルフィオーレの三流。でも、ストゥラオ・モスカが二体」

「被害は」

「死者、重傷者ゼロ。ほぼ皆無事に、撤退しました」


隼人先輩は、息を呑む。話だけを聞けば、それはかなりの快挙である。しかしそのタネを知るボスは、顔をしかめた。


「"あれ"を、使ったの?」

「…………はい」

「前にも言ったけど、君に戦闘は似合わない。出来るだけ、戦場には出て欲しくない。それに"あれ"が多用できない事は、わかっているだろ」

「でも、俺は…ッ」

「メカ。君は自分の仕事わかってるよね」

「…メカニック、です」


俺は、非戦闘員なのだ。なのになぜ戦場の指揮ができるのかと、なぜ戦えるのかというとタネがあった。
しかしそれは実際、子供騙しのようなものだった。多用はできないし、一度バレたら通用しない。あの時それが使えたのは、周りに居たのが双方雑魚兵だけだったからなのだ。


「じゃあ"あれ"はしばらく、俺が預からせてもらう」

「………ッ」


理屈はわかる。ボスが正しいことも。
でも、子供騙しだとしても自分にできることがあるのに、指をくわえているのが悔しい。


「君を頼りにしてないわけじゃないんだ。俺はね、メカが思っているよりメカを頼ってる。でも、この局面ではまだ君が命を張るのには早すぎる。お姉さんも、見つかってないんだろう」

「…ですが」

「君には君にしか、出来ないことがある。感情的にならずに、よくそれを見極めて欲しいんだ。そうすれば、きっとやるべき事が見えてくるよ」


ボスの言葉には、いつも逆らえない何かがあった。だから、こうしてまた丸め込まれてしまう。それでも、まだ不満顔の俺にボスはほんの少し表情を緩めて呟いた。


「"俺にもしものことが"、」

「十代目っ、もしもなんて、そんなこと…っ」

「わかってるよ獄寺。これは、君にも聞いて欲しいんだ」


言葉を遮られた隼人先輩は、難しい顔で口を噤む。ボスはそれを確認すると、ゆっくりと続けた。


「今回の交渉は何があるかわからない」


――ミルフィオーレとの交渉が罠かもしれない、というのはボスにもわかっているのだ。それでも、行くという。やはり止められないのか、と心が沈む。


「"俺にもしものことがあった時は"、君に俺のサポートをして欲しい。そうすれば安心だから。頼めるね」

「…はいっ!」


ボスの"もしも"の話は、緊急時の心構えにしてはあまりに抽象的だった。交渉に失敗したらなのか、また別の危機的状況なのか、"もしも"が何を意味するのか曖昧である。けれどひとつだけ、ボスの役に立てばいいのだと、それだけは間違いないだろう。


「――俺は、必ず帰ってくるからそんな顔はするな」


ボスは言って、微笑んだ。
必ず。確かにボスはそう言ったのに、その時の俺には、それが何故かボスの遺言に聞こえて仕方がなかった。




遺言




結果から言うと、交渉の場で彼らは交渉など行わなかった。ボス――十代目は、射殺された。ボスは、並盛に近い森の中へ埋葬されたという。
戻ってきた山本さんと隼人先輩何も言わずに俯いた。誰かが嘘だと言ってくれるのではないか……俺は淡い期待に縋って辺りを見渡したが、誰も俺と目を合わせようとしなかった。

今、俺たちの前には絶望しかない。




それは"彼ら"がやって来る二日前の話である。

100117



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