陥落




俺が日本へ帰国したのは、結局予定よりも一週間遅れてのことだった。




「もー、こんなに遅れるなら早く言って下さいよ。設備の最終確認の予定、狂ったじゃないですか」

「悪かったよ。俺もあんなに足止め食らうとは思ってなかったんだ。つかジャンニーニだって、俺置いて先に行きやがったじゃねーか」

「…メカの生死が分からないのに、待ってても意味ないでしょ」


アジトに到着するなり非難するジャンニーニに反論すると、彼は決まり悪そうに言葉を濁す。冗談がきつすぎると文句を言おうにも、「もう一度一緒に仕事が出来るなんて」と涙ぐんでるあたり本気だ。


「憎まれ口だって、命があるからこそ言えるんですよ!この一週間、どうしてあの時メカを引き止めなかったのかと何度後悔したか!」

「…心配かけた、マジですんません。でも、不可抗力だぜ?文句ならヴァリアーに言って欲しいよなぁ」

「ヴァリアーになんか恐ろしくて言えませんよ!」


代々続くボンゴレ御用達の武器チューナーの家系に生まれた癖に、ジャンニーニは戦闘に自分が巻き込まれるのは苦手だ。良い家系に産まれて逆に、妙なお坊ちゃん気質なのではないかとたまに思う。


「メカが居ない間、大変だったんですからね!まずショートした電源を回復するのに半日も費やすことになったんですよ!しかもなんか部品余りましたし」

「相変わらずだな…!」


訂正。やってる事はお坊ちゃんよりも作業員の方である。しかも失敗だらけ。

でも、帰ってきて良かった。まだ建設途中だが、やはり日本のこのアジトは他のどこよりも落ち着く。それは出身地である並盛にあるからかなのか、建設に少なからず携わってきたからか。どちらにせよ、緊迫な空気が続くここ最近で一番安心できたのは確かだ。


「並盛が戦場になるのは避けたいよな」


何気なく呟いたら、ジャンニーニが急に表情を引き締めた。


「…本国は、どうなっていますか?」

「――やばい、な」


俺の言葉にジャンニーニは落胆した顔で俯く。俺にとっての並盛がそうであるように、彼にとってイタリアは大切な地だ。そのイタリアが危機に晒されているというのは、彼には酷な情報である。しかし、隠しておける状況でもない。今、ボンゴレは生存の危機に晒されている。


20XX年。
この時代のマフィア界は10年前からは考えられない程、変質化していた。


ボンゴレや同盟ファミリーによってある程度に保たれていた均衡が、ある新興ファミリーの登場によって崩された。驚異的な戦闘力と発展した技術は世界で類を見ない程で、彼らは突如としてボンゴレへの侵略と略奪を開始した。それがミルフィオーレファミリーだということは、言うまでもないだろう。
ミルフィオーレのボンゴレに対する弾圧は凄まじいものだ。当初は単なるマフィア間の抗争だと思われていたが、ミルフィオーレの行動は留まることを知らず、ボンゴレに所属する者だけでなくその家族や友人など一般人までもを標的とし始めた。
ボンゴレは持ちうるだけの戦力を導入して対抗しているが、現時点では完全に押されている。既に、惜しい人物の何人もが殺された。


「最後に本部の様子を見たのは1ヶ月近く前だが、ヨーロッパ各地の戦渦は甚だしい。イタリアは既にミルフィオーレの手の内かもしれない」

「そんな…イタリアが…」

「俺が指揮した隊は、ボンゴレに入ったばっかな奴らで結成した隊だった。戦場の猛者と呼ばれた奴らの大半は殺されただろ?だから人材がそんなのしかねぇ。そうせざるを得ないあの様子だと、陥落も間違いないってのがヴァリアーの見立てだ。奴らは独自に動くみたいだぜ」


各地のボンゴレ側の拠点が同時に襲撃を受けている為、情報伝達が上手くできていない。まだ日本には、ヨーロッパの様子の詳細は伝わっていないようだ。「どうすれば…」と力無く答えたジャンニーニの声に重ねて、突然、この危機的状況に対しては明るい声が投げかけられた。


「その話、俺にも詳しく話してくんねーか」

「山本さん!!」

「よっ、メカ。無事みたいだな」


部屋に入って来たのは、山本さんだった。山本さんは守護者の一人で、日本にいるとは聞いていたが会うのは久しぶりである。


「ジャンニーニと来るって聞いてたんだが、遅かったのな」

「ヴァリアーに捕まりまして…」

「ああ、指揮官の話はチェデフから聞いた。それについても後で色々聞きたい」

「チェデフと連絡、取れたんですか!?」

「まぁな…こちらに、使者を寄越すらしい」


チェデフとは、ボンゴレの補佐的役職にある門外顧問チームである。ヴァリアーやチェデフは、本部とは異なった行動を取る。こうして連絡を取れること自体が珍しく、不幸中にして幸いだ。
ついでに、チェデフもヴァリアーも俺が新人時代に世話になった機関だ。知り合いも多いので、チェデフがまだ存在しているという連絡は、俺にとって喜ぶべきことだった。


「今は些細なことでも情報が欲しい。メカが無事に到着できて良かった。ツナもこちらに向かっているからな」

「ボスは無事なんですか!?」

「ツナは元気だ。だがこれからが大変だな」


山本さんは、不意に声を低くした。


「本部は、陥落した。九代目も行方不明だ」

「……ッ」


俺は衝撃に言葉を失う。予想は聞いていたが、思ったよりも早すぎる。しかも九代目が行方不明、ということは十代目が事実上、ボンゴレのトップに立つということだ。しかし、この混乱の中どうして統制がとれるだろうか。


「そ、それじゃあボンゴレはどうなるんですか…!早く逃げた方がいいんじゃ…」

「その心配はないんだ」


ジャンニーニの言葉を遮った山本さんは、眉間に皺を寄せたまま続ける。彼の表情の暗さが、それが決して良い知らせではないことを強調した。


「ミルフィオーレから交渉の話が持ち上がったんだよ」

「嘘、」

「ツナを指定で、な」


その、有り得ない話に目を見張った。交渉に応じる?あのミルフィオーレが?有り得ない。…ということは、それって、それって、罠ではないのか。


「きっと、ツナは受けるだろうな」


ボンゴレは圧倒的に劣勢だ。そうとなれば、あの心優しいボスは自分の体を張ってでもファミリーを救うだろう。
ボスを止めなければいけない。ボスを、行かせてはならない。ボスを死なせてはならない。けれども、俺にはどうすることも出来ない。その歯がゆさが、俺を苦しめた。




陥落



100117



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