戦況




戦況は、芳しくない。相手の戦闘力はこちらの想定を大幅に上回っている。数年前に成立したばかりのファミリーとは思えないほどの経済力、徹底された組織化。そして局地を取り仕切る六弔花、彼らが持つマーレリングの威力の凄まじさは、身を持って知っていた。
今回の局地戦は、正直に言うとこちらの用意してきた戦力では歯が立つものではない。それは目に見えて明らかである。


「クソ、こんな話聞いてねーしッ」


悪態をついても解決はしないのだが、どうにも腹の虫が収まらなかった。確実なのは、事前にこの状況を聞いていたら絶対に引き受けなかったということだ。第一、非戦闘員の俺を臨時とはいえ現地の指揮官へと引き出したこと自体が間違いなのである。
憎たらしい先輩達の顔が脳裏に浮かぶ。突然現れたかと思ったら強制連行、そしてこの状態。横暴すぎるのだ。しかも彼らは、俺の直属の上司ではない。新人時代に世話になった程度なのに、どうやらその時、下手に気に入られてしまったらしい。正直に言うと、迷惑だ。


「ったく、あの人たちは本当に人の都合も考えねーよな。ここから帰ったら覚えとけよ、特に阿呆王子と馬鹿蛙……!」


俺の本来の上司からは日本への帰国の命を受けていた。今、ミルフィオーレとの戦いにおいて日本は重要な局地の一つである。ここしばらく俺は海外での諜報の仕事を中心としていたのだが、ようやく待ちに待ったボスからの召集がかかったのだ。
――それが、こんな所で足止めだなんて笑えない…!


「どっちにしろ、早く終わらせなきゃだなっ!」


飛んで来た銃弾を避け、俺は逸れていた思考を呼び戻す。不本意とはいえ、戦場での指揮官に任じられたのだ。仕事を途中で放り投げるのだけは、嫌だ。

指揮官とはいえ、今の俺の仕事は撤退の指示である。隊員をできるだけ多く、生きて連れて帰ることが任務。この隊では最早戦うことすら困難なのだ。
撤退の指揮官というと、どうにも負け戦の尻拭い感は否めない。しかし歴史上のあらゆる戦いにおいて、撤退作業が一番高度な技術を要する。敗走ではない。相手の攻撃を防ぎつつ、逃げる。実は戦闘の指揮よりも難しい。それでも俺は、仕事を遂行させるしかない。

(相手もどうやらミルフィオーレの雑魚兵。六弔花はおろか、まともな指揮官すらいない)

俺は物陰から様子を窺う。隊は少し離れたところへ待機させていた。
相手の大部分は歩兵で、匣兵器所持者も数名と見えた。ただ、厄介なのはモスカが二体いることだ。ノーマル装備では、ミルフィオーレの強化されたモスカを退けることは難しい。

(けど、逆にこれらを抑えれば何の心配もいらないってことなんだよな)

深呼吸をして、俺は目の前に広がる状況を改めて見つめ直す。導き出される結果は、ひとつだ。


「…楽勝っ」


思わず口元が緩んだ。見積もりでは、成功率80パーセントオーバー。頭の中でシュミレートした作戦は完璧である。

(せめて、モスカがいなければ)

それなら逃げるのではなく、ここ一帯のミルフィオーレを再起不能にできる可能性もあった。いや、今回に限らない。もし匣兵器がこの時代に無かったら、あるいはボンゴレが同等の匣兵器を所有していたら。きっと、ボンゴレが今もマフィア界で優位を誇っていたに違いない。
有り得ない仮定だが、考えずにはいられなかった。ボンゴレが、ミルフィオーレにここまで追い詰められていること自体、本来は有り得ないことなのだ。

(でも、まだ負けてはいない)

匣兵器を抜きにすれば、ボンゴレの人材はミルフィオーレより数倍価値があると思う。退却を決めた今回だって、人材に問題はない。磨けば輝く奴らばかりだ。なんせ、今率いている隊は新人のみで構成したものなのだから。


「…それで、俺か」


そこまで考えて、任された意図にようやく思い至った。憎たらしいほどに用意周到な彼らの意図に、思わず苦笑する。悔しいが、今一番俺の能力を熟知しているのは俺をここへ送り込んだ奴らかもしれない。


「やって、やろうじゃねーか!!」


売られた喧嘩は買う。それが、俺の座右の銘だったりする。漸くやる気が出てきた俺は、そして、任務遂行に奔走した――。









戦場に出されるのは勿論、初めてではなかった。が、何度経験しても決して慣れることはない。極度な緊張感を保ち続ける戦闘、しかも指揮官としての仕事は、恐ろしく精神力を使う。
しかし俺を戦場へ放り込んだ張本人たちは、俺の疲労など気にもかけない。


「文句たれてた割には、しっかりと働いてきてんじゃん」

「悔しいけど見事でしたー。まぁ、ミーだったら一瞬で終わらせてましたけどー」


出迎えた上司とその後輩は、俺を労うどころか追い討ちを掛けに来たらしい。そのふざけた態度は、今のボンゴレの危機を考えたら、有り得ないものである。


「非戦闘員捕まえて戦場に送りつけて、楽しいかあんたらは」


口を尖らせて文句を言うと、阿呆王子と馬鹿蛙――ベルフェゴール先輩とフランは顔を見合わせて首を傾げる。


「ししし、非戦闘員?そうだったっけ」

「ミーは初耳ですー」

「寝ぼけたこと言うな。俺はメカニックとしてボンゴレに入ったんだ!」


メカニックである俺の本来の仕事は、武器や兵器の開発と製品。基地の防御装置などの徹底。まれに参謀として作戦会議に参加することもある。しかし、そこに現地での戦闘員としての仕事は組み込まれているわけがない。
ベル先輩とフランは「あんたがメカニックの仕事してんのは見たことがない」みたいな顔をするが、それは彼らヴァリアーが、俺に戦闘員としての仕事ばかりを求めるからだ。


「…あ。そういえば"メカニカルメカニック"のメカだっけ」


不意にフランが呟いた言葉に、俺は顔をしかめる。あー、久々に聞いたその名称。そしてあんまり聞きたいものでもなかった。

――Mecanical-Mecanic。俺のコードネームである"メカ"にちなんで付けられた皮肉である。直訳、機械仕立ての技術者。元々のコードネームの由来はメカニックであるからというだけだが、どうやら良くない尾鰭が沢山つけられている。それは、この三年余りで俺があらゆるところで恨みを買っているからだろう。


「何それ。王子、初耳」

「メカニカルはつまりー、機械みたいに冷徹で正確に仕事をこなして、人間的な温かみをもたない奴って意味だったようなー」

「機械仕立て?仕事の効率はともかく、人間的な温かみがないとかメカと正反対じゃね?」

「それが、確かチェデフ時代の事件がきっかけでー」

「あーあー!もういいこの話はやめやめ!!」


忘れていたが、フランにはあの時の話をしたのだ(そしてそれを今、後悔した)。とにかく、過去の話を持ち出されるのは大変よろしくない。疲れてる上にこれ以上気分は害したくないので。
無理やり話を打ち切ると、ベル先輩は不満そうな顔をした。


「俺は、今も昔もただのメカニック!それでいいだろ?」

「んー、まぁ最初はただのメカニックだったかもしれませんけどー。あれだけ戦闘力もあったら、もう半戦闘員でしょ」

「俺は断じて認めねぇ!」

「ししし、強情なやつ。そもそもうちがただのメカニックに新人研修なんてさせねーし」


約半年間、ヴァリアーに世界中を引きずり回された記憶は鮮明だ。お蔭で根性と体力はついたが、あれを「新人研修」と割り切るのなら恐ろしい。ヴァリアー歴十数年の隊員たちが隣でばったばったと倒れていたのは、気のせいではなかった。


「そもそも、先輩たちが無理やり俺をヴァリアーに引っ張ってきたんでしょうが…!」


頭を横に振って、地獄の研修時代の記憶を振り払う。黒歴史である。そして、俺は床に放りっぱなしだった荷物をつかみ立ち上がった。


「悪いスけど、俺はすぐにも日本に帰りますよ」


連れも待たせてありますし、と言うと、ベル先輩は神妙な声で尋ねた。


「あっちの奴らの呼び出し、受けるわけ?」


あっちの奴ら、とはつまり俺の直属の上司である。返事をせずに視線だけ向けた俺に、ベル先輩は笑って片手を軽く振った。


「んー。どうしても奴らと合流したいなら、急いだ方がいいかもな」

「…どういう意味スか」

「想像以上にヤバいんだよ。本部陥落すっかもってさ」


ベル先輩は相変わらず軽い口調だが、その台詞の重さに息を呑んだ。ヴァリアーの幹部がそれを口にするということは、ほぼ間違いない。


「ミーたちといれば死なないと思いますけどー、この先は交通機関が麻痺したらメカ一人で帰国は無理ですよねー。スクアーロ先輩が言ってたんで確実ですー」


間延びしたフランの台詞に俺は返事をする余裕すらない。今、きっと俺の顔は真っ青である。本部陥落、それはボンゴレ史上最悪の展開だ。


「死ぬなよ」


ふざけているわけでなく、真面目に呟いたベル先輩の言葉が、頭をこだました。




戦況




091128




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