邂逅


確かに、出来うる限りの万全な対策は施した。けれどもそれは、全てがこちらの想定通りに進んだ場合のことであり、端から万事上手くいくとは誰も期待していない。敵地に乗り込むのだ。相手も馬鹿ではない、侵入者を見逃すわけがない。

ただ、こちらが有利だと思わずにはいられなかった。霧の守護者、六道骸によってもたらされたミルフィオーレ日本支部――メローネ基地の情報。その中にはメローネ基地内の詳細な地図も含まれていて、現在基地に滞在しているとみられる隊長格の情報も、掴めている。一方こちらの情報、特に十年前からやってきたボスたちのことはほとんど知られていないだろうと考えられたのだ。

侵入してすぐに上位ランクの隊員と遭遇、幾度か戦闘も行った。けれどもまだ司令官、入江に侵入は悟られていないに違いない。更に今、メローネ基地にいる戦闘要員の大部分は雲雀さんが引きとめてくれているのだから条件は悪くない。


このまま、無事に入江の元まで辿り着けるのではないか。誰もがそう思いかけた矢先、異変は起きた。


「ボスとの連絡が途絶えた?!」


ジンジャーとの戦闘で負傷したラルさんの代わりに、ボスが引き受けることになった囮作戦。迫ってきたモスカ三台との水路での戦闘は、機動力、攻撃力共にボスが圧倒的な力差を見せつけ、全てのモスカとキングモスカを破壊することに成功した。
しかしその直後、ぱたりとボスとの通信が途切れてしまったのだ。


「っち。ばらばらなのが運の尽きってか」


少し前から、通信状況は芳しくない。ボスだけでなく、山本たちとも断続的にしか連絡がとれていない。


「もしかしたら、基地の通信遮断装置みたいなものが作動したのかもしれないね。メカ、一応確認頼める?」

「わかった。ちょっと待ってろ」


ボスと連絡が途絶えたのには、通信状況が悪いことに加え、ボス自身が意識を失っている可能性が高かった。今の状態で誰かミルフィオーレの手の者に捉えられたらと、考えただけで肝が冷えるが、こればかりは俺達にはどうしようもない。ただ、通信の回復を待つしかないのだ。

侵入メンバーとの連絡をフゥ太やジャンニーニたちに任せ、俺はメローネ基地の現在の状況把握を急ぐ。メローネ基地は地下深くにあるため、その全貌は未だにはっきりとは見えてこない。けれども、極めて特殊な構造であることだけは確かだ。


「メカ!!!!」


作業を中断させたのは、悲鳴に似た叫び声だった。突然のフゥ太の声に、俺はすぐさま振り返る。彼は、とても尋常とは言えない表情を浮かべて俺に来るように言った。


「どうした?!ボスになにかッ」

「ツナは無事だ。どうやらミルフィオーレの変わり者に保護されたらしい。手当まで施してくれてるみてーだ。敵ではないようだな」

「はあ?どういう…」

「いいから!!早く!」


フゥ太とリボーンさんとの温度差に首を傾げながら、俺は言われるがままにフゥ太の隣へ座る。渡されたヘッドホンはボスとの通信用のもので、どうやら回線が回復したらしく、誰かの声が漏れていた。


『…というわけなんだ。水路に落ちて服が水浸しだったから着換えさせたんだけど、軽い打ち身と切り傷が気になる。ボンゴレの手当て、手伝ってくれないか』


声の主は、ボスの事を保護したという、変わり者だろうか。


「あれ、これモスカを操縦してたやつの…」

「違う、そっちじゃない。もう一人の――女性の声をよく聞いて」


真っ青な顔のフゥ太に促され、俺は耳を傾ける。すると、男の言葉に女性の声が答えた。


『もう、スパナはいつもいきなりなんだから。いいよ、今救急セット持ってくるね』

『ごめん。あんたに相談している時間がなくて…』

『いいよ、ちゃんと教えてくれたし。それにしても、突然襲撃だなんてどうりで正ちゃんが捕まらないわけだよね』

『大丈夫、助手子はウチが守る』




「………ッ!!」




呼吸が止まった。ついでに思考も。
震えだす身体を無理やりに動かしてフゥ太に視線を送ると、彼も同じく硬直した顔で俺を見つめている。俺たちの異変に、リボーンさん、ビアンキさん、ジャンニーニは驚いたように首を傾げた。けれども、この時の俺は冷静に状況を説明できるような状態ではなくて、感情のままに叫ぶしかできなかった。


「クソ、どういうことだよぉッ!!!」


やり場のない焦り、乱された心。理解しきれていない状況は、だがしかし、俺にとって一番恐れていた方向へ動き出していることは確かで。最悪の事態とは、このようなときの事をいうのだろうか。


「なんで姉貴がミルフィオーレにいるんだ…!!!」

ヘッドホンから漏れる声は、聞き覚えがあるなんてものではない。
それは紛れもなく、俺の姉の声であった。








世界の半分は笑えない冗談で出来ている








――イタリアに本社がある技術系の会社に転職したの


思えばこの時から、何かが奇妙だった。


――住み込みだから、あまり家に帰れないかも


何度強く問い詰めても、姉は肝心なことは何も洩らさなかった。


――お父さんとお母さんを連れて、海外旅行に行ってきたらどうかな〜って思うんだけど…


まさか、と思ったけれどその想像が現実だなんて思ってもみなかった。


――お願い。チケットを同封したので暫く海外に出て戻ってこないで


姉がマフィアに関わっているかもしれないだなんて、俺と同じように裏社会に所属する人間だなんて、疑いもしたくなかった。



笑えない。笑いたくない。
けれどこれが、この世界の真実だ。




110421/完結



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