悩乱



食材を並べる少女たちの前に、俺はとれたての野菜を積み上げた。円らな瞳を瞬かせて、京子さんが声を上げる。


「メカくん!手伝ってくれるの?」

「ああ。丁度、やることなくて退屈してんだ」


遂に襲撃予定日の前日。思い返せばあっという間の五日間であった。精をつけなくちゃというビアンキの言葉に、いつもより数倍豪華な食事の準備をする京子さんとハルさん。一通りの対策を練り終えた俺は、彼女たちの手伝いを申し出た。


「ふふ。メカってそういうさりげない部分が、ポイント高いわよね。計算してるの?」

「な、何のことですかっ」


ビアンキさんの言葉に頬を引きつらせると、フゥ太も後ろから嫌な笑みを浮かべる。


「メカが計算なんて高度な技、使えるわけないでしょ」

「計算して姉貴に迫るお前に言われたくない!」

「口説くのに計算無しでどうするのさ」


開き直ったフゥ太に青筋を立てれば、冗談だよと話を打ち切られた。幼馴染みながら、この男が何をしたいのか、俺にはいまいち理解できない。


「いよいよ、だね」


ふと、何気なくフゥ太が囁いた。俺は答えずに、包丁に手を伸ばした。





「君、何か隠しているね」

「俺ですか」

「そう。誤魔化しても無駄だよ」


それは、明日の襲撃についての最終確認を取りに行った時のこと。突如雲雀さんにトンファーを突きつけられ、俺は動きを止める。それから、肩を竦めた。


「はは、雲雀さんは鋭いっすね」


ボンゴレ10代目の守護者ではあるものの、雲雀さんは風紀財団で独自に動きを進めることの方が多く、俺はあまり彼と接したことがない。けれど、彼の有能さや感覚の鋭さは心得ていた。だから俺みたいなガキが、この男に秘密を隠し通せるとは端から思っていなかった。


「雲雀さんの言う通り。実は、皆に黙っていたことがあります」


あっさりとした俺の発言に、呆気にとられたのはラルさん、リボーンさん、良平さん、そして草壁さんである。雲雀さんは一人涼しい顔で、俺に先を促した。


「今度の襲撃にも関わる、重要な情報。でも、まだ話す気は無い」

「なんだと!!」


躊躇いなく告げると、ラルさんは掴みかからんばかりの剣幕で睨みつけていきた。良平さんがラルさんを宥めながら、どういうことだと眉を顰める。こんな裏切りまがいな発言をしても、俺を信用して話を聞こうとしてくれる良平さんには申し訳ない気分だ。けれどまだ、だめ。


「悪い、ボス――入れ替わる前の十代目から口止めされてるんだ。いざという時まで、話すなと」


十代目の名前に、リボーンさんがぴくりと反応する。


「ツナが…何か、企んでるのか」

「さあね。俺はボスの駒でしか無いよ」


これは、本当。俺にはボスの意図は分からない。ボスには秘密ごとが少なからずあり、情報も伝えるべきものと秘めておくものと、しっかり区別している部分があった。更にこんな事態だ。仲間も信用できないと踏んで、内密に進めていた作戦や考えがあってもおかしくない。


「俺はもう少し待ちたい。でも今度の襲撃が終わるまでには必ず、話すよ。だから、信じてくれないか」





ハルさんに指示された、ジャガイモの皮むきに手間取りながら先程の会話を思い返す。あの時、ラルさんの怒りは正統的だと思った。情報を制する者が戦いを制する。そう言っても過言ではない程に、この情報社会の中ではどれ程の情報を掴んでいるかが勝敗に関わるのだ。

(でに逆に、見えない方がいいこともある)

それが、俺の主張である。そして今回俺だけが掴んでいる「ある事実」。これも、それに当たると思った。自分の選択が正しいのか、間違っているのか、正直に言うと酷く自信はない。この「事実」を知ることで、皆に躊躇いを抱かせるかもしれない。逆に、何か有効な対策をとれるかもしれない。二つの思いに挟まれて苦しんだ俺はボスに相談したのだ。まだ、この時代のボスが存命している時に。


――時が来るまでは、君の胸の内に。


予想外だった。ボスが俺に何らかのアドバイスをくれるとは期待していたが、こんな風に丸投げされるとは夢にも思わなかった。俺が切り捨てられる可能性だってあったのだ。思わず聞き返した俺に、その時のボスは柔らかく笑った。


――その時になったら、わかるよ。



「フゥ太、俺はさ」


隣で人参と格闘している男に向かって呟く。


「色々思うところはあるけどよ。今は、今出来ることに専念したい」


何事も全力で。きっと、俺にはそれが一番似合っている。
フゥ太は些か呆れ気味に、俺を眺めた。


「君はいつも全力だろ。そのままで、いいんじゃない」




悩乱




襲撃は予定された時間よりも、前倒しに決行されることになった。深夜未明、ミルフィオーレの敵部隊がこちらの罠に引っ掛かったのだ。今、大勢の兵を雲雀さんが一人で引きつけておいてくれている。そのうちに。そう急かされて出動したボスたちを見送り、俺は俺の指定席へと座る。


「ちょっと予定より早ぇけど、問題ない」


幾つかのモニターが起動していた。ボスたちとは通信が繋がっており、彼らの行動をこちらでも把握できるようになっている。隣にはジャンニーニが座り、フゥ太やリボーンさんも俺と同じくサポートに回っていた。


「メカさん!ボスたちが基地に潜入を始めました!」


ジャンニーニの声が響く。運命の戦いは、まだ始まったばかりである。


110403



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