流転 久々に聞いた怒声に、懐かしさよりも先に悪態をついてしまう。かつての上司に向かって失礼極まりないが、相手が相手なので仕方のないことだろう。 「ってー。まだ耳の奥がじんじんするぜ」 「ヴァリアーは相変わらずみたいだね。君は彼らと仲がいいようだから、慣れてるんだと思ったけれど」 「スクアーロ隊長の濁声にゃ、慣れねえよ」 暗殺部隊からの緊急暗号通信。切り落とした頭を模した隠語であるコンマは、つまり、殺しを表す。その羅列を見たときから薄々感づいてはいたものの、まさか初っ端から怒声が響くだなんて思わずに、油断した。耳を塞ぎ損ねた俺は、未だ耳の奥でスクアーロ隊長の怒声が鳴り響いているかような症状に見舞われている。 それにしても安心した。彼らとは戦場で別れたきりだったが、怪我も疲労も大してないようだったから。 「ま、元気で何よりだ」 「君は素直じゃないよね」 隣を歩くフゥ太は、少々呆れたように息を吐く。素直じゃないというより、ヴァリアー相手に俺が心配したところで気味悪がられるだけだと思うのだが。 「それよりもさ、」 澄まし顔の幼馴染みの横顔にあることを思いだし、俺は声を落とした。 「クロームちゃんが予想以上に可愛くて、俺的にかなり衝撃だった」 基地にやってきたのはヴァリアーからの通信だけではない。それとほぼ時を同じくして、最後の守護者たちがやってきたのだ。一方は、太陽の守護者である笹川さん。そして、彼に抱えられた霧の守護者のクロームさんだ。 二人がやってくる前に起きた黒曜ランド周辺でのリング反応は、やはりクロームさんのものだった。 数日前、ボスたちと同じく十年前と入れ替わってしまった彼女は、ここが未来の世界(彼女にとって)と気付かぬままに突如襲われたという。しかも相手はミルフィオーレの第8部隊隊長、グロ・キシニア。最終的には奴を退けたようだが、ボスでさえ手間取るミルフィオーレのAランク相手に一人で立ち向かったのだ。それはどんなに心細く、恐怖だったろう。 俺たちの手で出来る限りの処置はしたものの、重症の彼女は未だ、目を覚まさない。 「何?メカってああいうのがタイプなの」 「すげえ可愛いじゃん、京子さんやハルさんとは違った儚げ美少女」 思いっきり顔を顰めてフゥ太は俺に、蔑むような視線を向ける。 「君が甲斐甲斐しく病人の世話なんて、と思ったけど下心あってか」 「な、違ぇ!そういうわけじゃねえよ!」 「後でビアンキに、君は危険人物だからって医療室に近づけないように言っとくね」 「おま、この鬼畜!」 「なに、変態」 人当たりが良く行儀も良い好青年、というのが世間のフゥ太に対する評価だ。しかし昔馴染み、いわば竹馬の友である俺に対してのこいつは、全く容赦がない。人目が無いと認識すれば、平気で悪態等をつき始めるこの男は完全な猫被りである。その事実は、俺が保障しよう。 「冗談はさておき。五日後か…」 話題は、今さっきまで行われていた話し合いについて移る。俺は片手で頭を掻きながら、唸る様に続けた。 「長いようで短いな」 笹川さんが持ってきたのは、ボンゴレとその同盟ファミリーの上層部間で行われたある決定に関しての指示だった。その決定が成されるまでに紆余曲折あったと聞くが、結論から言うと、俺たちは五日後にミルフィオーレ日本支部に奇襲を掛けることとなった。 「僕は短いと思った。ツナ兄だったら大丈夫だと信じたいけど、修行の時間が長いに越したことはないよ」 「俺はギリギリだと思うぜ。この状況下での防御は、五日が限度だろう。これ以上延ばしていたら、先に仲間が全滅する」 守護者が終結したことにより、このアジトでの対ミルフィオーレ戦の現実味は増した。俺は当然その先に敵勢力との直接対決があるものだと思っていたが、どうやら幼きボスにとってそれは寝耳に水、だったらしい。 「何にしろボスの決定待ちだ」 そう。奇襲を決定するかは未定のままだ。 笹川さんは、躊躇うボスに一日の猶予を与えた。今度の日本支部奇襲作戦は、全世界で一斉に行われるミルフィオーレへの反撃行動の一端である。仮にボスが是と言わなかった時は、笹川さんがボンゴレ10代目の決定としてそれを知らせに走ってくれるらしい。 「俺はどんな決定でも、ボスに従うぜ。それが仕事だからな」 欲を言えば、戦いたい。散々奴らには苦い思いをさせられた。漸くその報復ができるのだ、と思わずにはいられない。 でも戦うのは俺ではない。あくまで、ボスたちが戦うのだ。彼らがそれを否というのであれば、仕方がないだろう。それによって厳しい事態に追い込まれるとしても、他の道を探す。その位の覚悟はある。それがボスに忠誠を誓うということなのだから。 そして、これは俺だけの気持ちではない。ボスに――沢田綱吉に惹かれて俺たちはここまで付いてきたのだ。だから、大丈夫。どんな答えでも、彼には納得した答えを出してほしい。 俺は自分より少し身長の高いフゥ太を、見上げる様に顔を向ける。フゥ太は俺の考えを見透かしたように、そうだねと淡く笑った。 流転 奇襲は決行することとなった。 この時、クロームの容体は悪化し、ラルさんの具合も芳しくなく、ボスたちの修行も順調とは言えない状態だった。さすがの笹川さんも、奇襲は中止せざるを得ないと感じたという。しかし、ボスは決断した。留まっていたら、何の解決にならないと。事態を動かすことが大切だと。 俺は了承し、奇襲向けて万全の対策をとることに尽くした。だけど、俺は遂に気付くことはなかった。今度の奇襲が、俺にとっての地獄の始まりであると。 110323 |