姉貴


夜が更け、基地内にも静寂が訪れた。ボスをはじめとする年少組が日中、そこかしこで修行に明け暮れているために、最近では夜のこの静寂は貴重なものである。しかしながら、今夜も仕事が残る俺はまだ休めそうにない。欠伸をかみ殺しながら、眠気覚ましのコーヒーを求めて食堂の扉を開けた。


「あれ。皆、どうしたんだ?」


無人だと思いきや、食堂には見知った顔がいくつかある。左からフゥ太、ジャンニーニ、リボーンさん、ビアンキさん。机を囲み座る彼らは、入ってきた俺に顔を向けた。


「ただ少し話していただけ。ほら、君も座りなよ」


コーヒーも入っているよ、とフゥ太に促され俺は彼の隣に腰を下ろす。俺の幼なじみは、コーヒーカップを俺に手渡してやや疲れたように笑った。


「メカ。なんだか久しぶりだね」

「そうだな。しばらくお互い、ここを離れていたからな」


ほんの数日前、フゥ太はビアンキさんと共にこの基地へ入った。二人はそれまで、情報収集を中心に活動していたという。その成果あって、有益な情報をいくつかこの基地へ持ち帰ってくれたのだ。


「君はヨーロッパで前線にいたと聞いたけれど。諜報じゃなかったんだね」


フゥ太の言葉に苦笑いを浮かべる。その情報に間違いはないが、今も昔も、俺はあくまで諜報のつもりで行動していたのである。ただ、性質の悪い暗殺部隊にいいように使われていただけで。
俺やフゥ太は10代目ファミリーだが、前線に駆り出されることはほとんど無い。それには俺たちがまだ若いというボスの判断もあったが、何より能力的に補佐へ回った方が役立つと考えられたからだ。ボンゴレとしてはフゥ太の方が何年も先輩である為、新人研修から帰国した俺は暫く、フゥ太と組んで仕事をした時期もあった。だけれどこの半年、彼とは一度も会っていなかったのだ。マフィア情勢の悪化により、諜報組の仕事が増えたためである。


「ツナ兄たちがちいさくなってしまったのには驚いたけれど、このまま修行を続ければミルフィオーレ襲撃も決して不可能ではない。僕としてはひとまず安心かな」

「そうね…一部、不安要素もあるけれど」


苦々しげに呟くビアンキさんの不安の矛先は、彼女の弟である隼人先輩に向けられているようだ。彼女は隼人先輩の家庭教師として修行を見ていたのだが、どうにも折り合いが悪く、先輩に逃げられてしまったらしい。隼人先輩は頑固だから、と俺が苦笑いを浮かべると、ビアンキさんはじろりと俺に目を向けた。その視線の鋭さに、俺は思わず首を竦める。


「貴方もよ。ちゃんと仕事は進んでいるんでしょうね。隼人なんかに影響されたら駄目よ」

「…ビアンキさん、相変わらず手厳しいっすね…」

「あたりまえじゃない。貴方も私の弟みたいなものでしょう」


弟の弟のようなものなのだから、自分の弟に変わりは無いと彼女は認識しているらしい。かの有名な毒サソリに目を掛けてもらえるのは嬉しいが、弟扱いはなんだかこそばゆかった。
と、フゥ太は不意に真面目な顔で俺の腕を掴む。


「それよりも、メカ。お姉さんは見つかったの?」


フゥ太の、視線に息が詰まる。俺は静かに首を振った。


「お前、姉がいるのか」


俺たちの会話を黙って聞いていたリボーンさんが口をはさむ。答えたのはフゥ太だ。


「助手子さんっていう、素敵な女性なんだ。メカにはもったいないお姉さんだよね」

「うるせえ」


ボンゴレ内でも、俺の私生活を知る人は少ない。ましてや、姉と知り合いなのはごく一部だ。変に噂が独り歩きして、姉に非が及ぶのは避けたいところである。マフィアなんかに繋がっているのは俺だけで十分だ。


「で、行方不明ってどういうこと?」

「…半年ほど前から、連絡が取れなくなったんです」


俺の言葉に、一同は黙ってしまった。突然悪化したその雰囲気に慌てて否定する。


「といっても、バラされたとか拉致られたとかじゃないんだ。生きてはいる。これは事実」


今の状況でボンゴレに属するものやその家族が行方不明になるということは、つまり、敵方に排除されてしまったと連想するのが普通だ。確認をとれているだけでも、既に相当の数の被害が出ている。その被害が、一般人にも及んでいるということが辛い事実だった。しかし、俺の姉貴についてはそれは違うと言い切れる。連絡はとれないが、姉からの一方的な情報は送られてきていた。


「元々姉貴は、家にほとんど帰ってこない。それでも月一くらいで顔出してたんだけど、それがパタリと無くなったってだけ」

「助手子さん、住み込みで働いてたんだったね。一体どういう仕事なの」

「…実は俺もよく知ねぇ」


俺の返答に、ビアンキさんやリボーンさんは顔を顰める。その気持ちはわかる。普通はおかしいだろう。家族がどういうことをしているのか知らない、だなんて。それは俺だって何度も思ったのだけれど、ついに詳しく聞き出すことができないまま、今日に至る。


「前に聞いた時には、技術系の事務だって言ってた。姉貴は完璧に文系だから、そんなところに突然転職なんておかしいと思ったんだけどよ」

「しかも、イタリアに本社があるんでしょ。僕も調べてみたけど、技術系で日本に支店がある会社なんて聞いたことがない」

「だよなぁ」


何が理由で詳しく教えたがらないのか、検討がまるでつかない。だが、普段から頼りない姉のことだ。大した理由は無いことも考えられるけれど。
そういえば、一度上司とかいうイタリア人が訪ねてきたことがある。怪しい雰囲気はまるでない、ぼんやりとした奴だったから、危ない仕事とは思えないのだ。


「――気になるのは、半月前、実家に届いた絵葉書だ。オレと親に、しばらく海外に行くようにっていう内容だった」

「ご両親は?」

「とうに海外に送ったよ」


マフィアの抗争に巻き込まれることのない、遠くの国へ。幸いにも俺の本名は裏社会に知られていないし、現時点ではそれが最大の防衛だといえる。本来ならば姉も一緒に海外逃亡させたかった。が、会うことすらできていない。


「どうもきな臭いな。このタイミングで海外に逃げろ、なんてまるで俺らの状況を知ってるみたいだ」

「ボンゴレの情報が漏れてるってことか?」

「いや、それはこのジャンニーニが無いと断言します」


そう。リボーンさんの言う通り、どうも引っかかるのだ。姉貴の伝えてくる言葉が、俺たちの状況に合い過ぎている気がする。それは、考えすぎなのかもしれないけれど。


「…ボンゴレじゃなくても、マフィアの抗争に関連してればそういう思考に至るかもしれないね」


少し、考える様に呟いたフゥ太に俺は思わず噛み付いた。


「フゥ太。姉貴がマフィアと関係してるっていいたいのか」

「まさか。可能性の話。僕はあり得ないと思うよ、助手子さんはそんな人じゃないし」

「彼女が関係してなくても、彼女の所属する会社自体が何らかの情報を手にしているのかもしれないわね。イタリアに本店があるって聞いたんでしょう」


もしかしたら、ひょっとして、まさか。
仮定の話をしていたら、限がない。


「姉貴のことを心配したって仕方ないのは、俺が一番わかってんだ。だから、これ以上気に掛けてもらわなくていい」


俺は、話を打ち切る。確かに姉貴のことは心配だ。もう、死んでたっておかしくない。けれど、そうやって暗い方向に想像を膨らませたところで、何の足しにもならないというのは、わかっている。だから、余計な心配はしない。そう、決めていた。


「先決すべきなのは、守護者の終結だろ?ちいさな被害を憂うより、根源を断つことが近道だとおもうぜ」

「メカの言う通りだな」


リボーンさんは不意ににやりと笑い、どこか遠くへ視線を投げた。


「また事が大きく動く。そんな予感がするぞ」





姉貴




この翌日、彼の言葉は当たることになる。
風紀財団からもたらされた情報、黒曜ランド周辺での電波反応。
それは、新たな仲間の発見だった。


110323



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