配慮


かなり広々と過ごしやすい環境に作られた基地内だが、曲がり角や廊下にはやはり一部視界が悪い場所も存在する。


「うわ、」

「わあっ!」


角を曲がった途端に誰かと衝突、転倒した。いくら視界が悪いとはいえ、注意力散漫な状態でうろついていた俺が原因だ。なにせ、ぶつかった相手は両手に荷物を抱えた女の子たちだったのである。


「ごめんなさいっ!」

「お怪我はありませんか?!」


俺はとっさに、そのまま後ろに倒れた。無理に体制を立て直そうとすれば相手に被害がでただろう。お蔭か、彼女たちは転ばずに済んだようだ。幼いハルさん、京子さんの驚いた顔に俺は笑って答える。


「ああ、俺は全然大丈夫。京子さんとハルさんこそ怪我はないか?」

「はっはい、大丈夫です!」

「ええと…あなたは確か…」


俺をじっと見つめて疑問符を浮かべた少女たちに、あぁと苦笑。


「メカニックのメカ。そっか、2人も過去から来たばかりで俺のこと知らないよな」


俺の言葉に2人はぎこちなく笑う。
この騒動に巻き込まれた、いわば被害者である彼女たちには、詳しい状況説明はしない方針だと聞いた。ただ未来に来てしまった、戻るために戦わなければならないと、その程度の情報しか与えられてないのだろう。2人は不安に違いない。幼いボスたちの彼女たちを守りたいという気持ちはわかる。でもそれは、

(それは、戦う側のエゴでしかない――)

何気なくハルさんの抱えたダンボールに目を向けると、中には見覚えのある薬品が並んでいた。


「もしかして、医務室に運ぶの?」


ハルさんが頷くのと同時に、俺はそのダンボールを奪った。ついでに京子さんの持っているものも。


「手伝うよ。ぶつかっちゃったお詫び」


意外と重いと口を尖らせてみせると、2人はほっとしたような顔をした。



*



「俺、結構2人と親しかったんだぜ。買い物の荷物持ちに連行されたりしてたからな」


道すがら、この世界の2人について話した。俺と2人は、非戦闘員同士そこそこ付き合いが深かった。そう話すと、京子さんとハルさんは目を丸くした。


「はひ、そうなんですか…」

「ええと、メカさんは、」

「メカでいいよ」

ずっと年下扱いされてた2人に敬語を使われるのはなかなかこそばゆい。京子さんは「じゃあお言葉に甘えて、」と口調をゆるめる。


「メカくんは、並盛の人なの?」


気になっていたらしい。10年前から来たメンバーは皆、俺とは初対面になるのだから仕方がない。もう慣れっこになりつつある質問に、簡単に答える。


「ボス……あー、ツナさんとは割と家近くて。フゥ太の友達だったことから沢田家に出入りするようになったんだ」

「そうだったんですか。あ、未来のハルたちってメカさんよりお姉さんなんですよね?」

「そうだよ。俺はフゥ太と同い年だから、五歳くらい下なのかな」


今の俺は彼女たちより幾つか年上。当然なのだが、本来は小さいフゥ太と同い年だとうことが想像しにくいらしい。


「なんだか不思議です」


ハルさんはポツリと言った。


「…ハルたちには分からないことだらけです。ツナさんが何をする気なのか、毎日傷ばっかり作って何をしているのか、ハルには全然教えてくれません」

「ハルちゃん…」


ハルさんの肩に手を置いた京子さんもまた、目を伏せる。


「――メカさん教えてください。ハルたちには何もできないんですか?こうして、見ているだけしかできないんですか?!」

「私も、知りたい。リボーンくんに家事の仕事はもらったけれど、納得できないの。私たちは何も役に立ってないもの」


ハルさんと京子さんは俺に縋るような目を向けた。彼女たちの表情は今にも泣き出しそうなもので、それが今まで2人が笑顔の裏に隠していた本心なのだとわかった。


「…俺なんかより、役に立ってると思うけどな」


俺は苦笑する。今の彼女たちに良く似た表情をした男を、何度も見たことがあった。


「気持ちは…痛い程わかる」


役割が違うと自分に言い聞かせながらも、基地で仲間を戦場へ送りだすことに苦痛を感じていた男。ならば完璧なサポートを、と考えるも、結局のところ実際に闘う彼らを理解しきることはできない。辛かった。無理やり、同じ戦場に同行したこともある。それでも、俺には援護しかできなかった。


「京子さん、ハルさん。俺も、いつも2人と同じことを思っていた。俺もボスたちの仲間ではあるけれど、あくまでサポーターでとしか立ちまわれないから」


メカニックであることを選んだのは自分だ。彼らを支えたいと思ったのだ。でも本当の意味で自分の役割に気づくまでは、随分と時間がかかった。


「サポーターは楽そうに見えて、実は一番辛い役割かもしれない。身体を張って闘っている彼らに何ができるか、常によく考えて最善の状況をつくってあげなきゃいけない」


2人の少女は、目を見開いて俺を見つめた。


「…何より、耐えなきゃならない」


それが一番辛い。見守ることの辛さは、その立場にならなければわからない。


「でもね。ボスたちはそんな俺たちサポーターを心の寄りどころにしているんだ。自分では気づかないだろうけど、君たちはもう、ボスの命綱をしているんだよ」


――前線で闘うのも、後方で援護するのも、同じ程重い役割だ。
昔、先輩に言われたことを繰り返す。俺はいつだってこの言葉を寄りどころにしてやってきた。どんなにやり切れなくても、耐えられるように。


「だからこそ、強くなきゃいけないんだ。どんな状況でも俺はなるべく動揺しない。気持ちを前向きに、自分の仕事を確実に。それが俺にしかできないことだと思うから」


それが俺の役割だと信じているから。
同じサポーターでも、彼女たちと俺とではまた役割は異なる。俺にはできないことがあるように、彼女たちにしかできないことがある。それは俺とジャンニーニも、フゥ太もビアンキも。そう、人には自分だけの役割があるのだ。


「自分にしかできない…こと…」


その京子さんの呟きで、我に返った。俺の話に熱心に聴き入る2人を前に、今更ながら妙な気恥ずかしさを感じた。


「――まぁ、俺の持論。君たちがどう感じるは自由だけどね」


なにを俺は語ってるんだか。語れる程偉くもないのに。フゥ太かなんか見てたら、間違いなく馬鹿にされるだろう。


「メカさん、ありがとうございます。なんだか気持ちが軽くなりました」


それでも、俺の話は少しは彼女たちに何かを感じさせたらしい。京子さんの言う通り、2人の表情はどこか先程よりも表情が和らいでいた。


「あの…またお話きいてもいいですか?」


躊躇うように尋ねたハルさんに、俺はもちろん、と微笑む。


「いつでもおいで。俺でよければ、幾らでも受け止めるから」




配慮




すべては万全の体制で、彼らに闘ってもらうために。我らボンゴレ闘いは、個人戦ではない。常に互いを支え合う、チーム戦なのだ。

110125




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