5 「さっさと立ち上がれよ、人質女」 差し出された手と、小馬鹿にしたような笑い顔を交互に見つめる。私は結局その手を取らずにぴょんと自分で立ち上がった。 「随分と遅すぎる救助ありがとう」 「なんだ、怒ってるんですかィ。大体、俺が本当に市民犠牲にするような奴に見えますかい?」 「(めちゃくちゃ見えますが)」 「顔に出てまさァ、この失礼女」 口を尖らせてむくれる私にまた噴出しそうになった青年の頬を、思い切りひっぱたいてやった。 周りにいた他の隊士たちがぎょっとして手を止める。 「じゃあさようなら、新人隊士クン。上司にもみくちゃにされて早く現実の厳しさを知りなさい!女の子の顔を傷つけた罰よ!!」 歩き出した私を、青年は何も言わずに見送った。 平手打ちをかませたのはよかったものの、私はそれでもすっきりしないモヤモヤとした気持ちを抱いたままその場を後にする。 (だってあの青年、すこしも表情、変えなかった) 「あー、今日の宿探さなくっちゃ」 適当に歩きながら、それでも頭に浮かんでくるのは先程の事件だった。 (それにしても、あの刀捌き。まさか私が見とれてしまうなんて) あれ程の技術を身につけるためには相当の努力をしたはずである。あの若さだが、師範代を貰っていても可笑しくない。そして、彼は”人を斬る”ことになんのためらいもなかった。度胸は努力で身に着けることはできない。ならば、実践を積んだか、或いは天才か。 (ま、もう会うことは生涯ないでしょう) 早々に思考を打ち切って、宿を探すことに専念した私。 (あんな女見たことないでさァ) そう青年、沖田総悟が思っていたのも露知らず。 あれがきっかけで、私の安穏な江戸生活が脅かされることになろうとは考えもしないのだった。 |