四方山話



身を切るような寒さって今日のような日を言うのだろう。呼吸をする度に口から出るのは白い息。早朝には地面にも既に霜が降りていたし、水溜りにだって氷が張っている。
冬は嫌いではない。でも、寒さは苦手だ。それなのにもかかわらず、マフラーも手袋もコートも忘れてしまった。その上、この時期の水仕事は辛い。特に洗濯。まだ満足に日も当たらない早朝から、寒い外で洗濯物を一人で干す空しさったらありゃしないのだ。


「今日は空しくないじゃねーか。俺がいるんだから」

「…勝手にモノローグに入ってこないで下さい」

「モノローグも何も、口からだだもれでさァ」


小馬鹿にしたように笑い、縁側に座るのは沖田隊長である。というか、私をからかいに来るのは隊長くらいだ。あ、たまに山崎さんが厄介ごと押し付けにくるけど。(友達少ないな私…!)


「じゃあ、寂しい私を手伝うこともなく眺めている隊長はこんな朝早くからどんな風の吹き回しですか。いつもは起こしても起こさないくせに」

「自分で寂しいとか言って、悲しくならねーの?」

「余計なお世話です。朝稽古ですか?」

「寒くて目が覚めたんでィ。こんな寒い日に稽古なんかしたら凍えちまう」


今朝は一段と寒いと、隊長は顔をしかめて言う。確かに、寒い。
ふーっ、と白い息を吐き出して隊長は空を見上げた。


「もう12月だし、そろそろ雪が降るんじゃね?」

「いやまだ降らないでしょ。今日は昨日よりは温かいですよ?」

「えー」


初雪はまだって、花野アナは言っていたし。冬はこれから、もっと寒くなるだろう。そう言うと、隊長は思いっきり嫌そうな顔をした。


「冗談じゃないぜィ、これ以上寒くなったら死ぬ」

「もう、さっきから寒い寒いって、隊長はちゃっかりマフラー完備じゃないですか!」

「忘れたあんたが悪いんだろ」
「そ、そうですけど…!それに比べて私なんてスカートですよ?!鳥肌立ちまくりですよ!誰ですかね、私の隊服をスカートにしたの!」

「それは土方じゃねーですかィ」


私の主張をあっさりと片付けて、縁側にごろんと横になる。というか、こんな寒い早朝に縁側なんかにいるから寒いんじゃないのか。ちなみに、私の手は既にかじかみそうだ。


「寒いー死ぬー」

「じゃあ部屋に戻ったらいいじゃないですか」

「………」

「…今日火鉢出しておきますから。死なないように頑張ってくださいよ、もう」


思い返せば、沖田隊長が意味わからないのはいつものことだった。隊長は、火鉢、と私の言葉に反応する。


「火鉢ねェ。俺は何で暖房器具が充実してないのかが謎でさァ。もし寒さのせいで出動出来なくて犯人取りのがしたりしたら、お偉いさんはどうするつもりなのか。冬はコタツから出ないに限るぜィ」

「でもコタツは、雪が降るくらいになんなきゃ出しちゃ駄目って副長に釘、刺されましたから」


特別警察だとか、大層な名称を掲げて置きながらも実際、真撰組には立派な設備なんてない。夏は厚いし冬は寒い。屯所だって決して広いとは言えないのだ。先日土方副長に聞いた話では、電気代節約の為にコタツは最低気温が一桁に落ちるまでは出してはいけない決まりだ、とか。

ぼんやり考えながら籠に手を伸ばしたら、手は籠の底に触れただけだった。会話をしているうちに全部干し終わったようだ。
その時、一際寒強い木枯らしが吹いて、冷風が直撃する。やっぱりすぐに火鉢を出そうか、でも、その前に朝食の準備をしなければ間に合わないかも。


「洗濯終わりまし、」


終わりました、と言いかけた言葉は途中で途切れた。前触れもなく、私の左手が宙に浮いたからだった。


「ちょ……お、おお沖田隊長……?!!」

「あー?大きな声出してどうしたんでさァ」

「どうしたって、て、て、手!!?」


温い体温。さっきまで縁側で愚痴をこぼしていた沖田隊長は、私のすぐ前に立っている。そして私の手は何故か沖田隊長の手、の中にあって…手を握られている状態であった。


「…カイロの代わり?」

「カイロ!?」


怒ればいいのか笑えばいいのか、怯えればいいのか。妙な気分で口を噤んだ私に、隊長は舌打ちをする。(え、何か悪いことした!?)


「全然あったかくねーや。使えないでさァ」

「仕方なくね?!水仕事してたじゃん私!」

「でも顔は赤いですぜ」


あ、こっちの方があったかいや。と手を掴んだ方とは逆の手が私の首筋に伸びる。
ひやりとした冷たい手が押し当てられ、背筋が震えた。目の前の隊長。握られた手。首筋にあたる体温。沖田隊長の息を額に感じた。…近い。


「…たっ、隊長…」


近くで見るとやっぱり綺麗な顔だなぁ、しかも睫毛長い。…まじまじと見つめている自分に気づき、はっと我に返る。そして、その状況に頬に熱が集まり急に恥ずかしさがこみ上げた。ど、どうしてこんなことに…!


「真っ赤になってやんの」


慌てる私をよそに、隊長はにやりと笑い、離れた。


「たいちょ、」

「おっと、そろそろ稽古の時間ですねィ」

私の言葉を遮り背を向けた沖田隊長は、わざとらしく呟く。さっき朝稽古はしないって言ったじゃん…!
と、隊長は不意に振り返り、私の首に何かが巻きついた。


「ついでにこいつも洗濯頼むわ。さっきカレー零した」

ぽかんとしたままの私を残して、今度こそ沖田隊長は去っていく。

(本当、何しにきたんだろあの人…)

いつもの気まぐれだろうか、それとも私に付き合ってくれたのだろうか。

(多分前者だろう)

なんて、失礼なことを考えながら空を見上げる。私の首に巻きついた隊長のマフラーからは、ちっともカレーの匂いはしない。冷え切った身体にはとても暖かくて。

(気まぐれでも、たまにはこんな世間話もいいかな)



見上げた空は綺麗に澄み渡り、まだ雪の降る様子はない。




四方山話




企画、pomp様に提出。
091205




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