元旦話



男所帯っていうのは、想像よりもずっと大変だ。あの新撰組で紅一点、保護という名目上で幹部に可愛がられていると聞けばどこの乙女ゲーかと思うが、そんな甘さは微塵もない。むしろかなりきつい。しんどい。

何がしんどいかって、奴らは家庭的な仕事がとにかく面倒なのだ。


「ああもう!飲み始める前に片付けろって言ったでしょうがァァ!」


新年。明けましておめでとうございますと言う間もなく宴会と化した屯所の状態を、とりあえず打開しようと動くも、上司たちは早くも新しい酒瓶を開けている。

とりあえず一回片付けろという私に、三が日くらい好きにさせろという隊士たち。呆れるばかりだ。屯所内は既にアルコール臭に満ちていた。


「近藤さんや土方さんだけならまだしも、山崎くんまで潰れるなんてなァ」


いかにも真面目な彼は、最初私を手伝ってくれていた。しかし一回酔った土方さんに捕まったのが最後、あっという間に山崎くんは潰れてしまったのである。


「全くこんなときに出動命令きたらどうするんだろう」

「あァ、そんときゃすぐ酔いは醒める、安心しろ」

「あれ?土方さん。飲んでたんじゃないんですか?」

「…ちょっと風に当たりに」

「……顔真っ青ですね」


様子からして、彼は飲みすぎたようだ。気分悪そうに柱にもたれてこちらを見ている。


「薬、いりますか?」

「…俺のことは、ほっとけ」

「?」

「それより、あいつの様子見てこい」


あいつ、と言いながら土方さんは顎で道場の方を示した。
元旦から道場に誰が用事あるというのだ。私には思い当たる人がいなくて首を傾げた。しかし土方さんは「頼んだぜ」とだけ言い残し、また室内に戻っていってしまった。







(こんな元旦早々、道場で鍛錬するひとなんかいるかしら)


一番その印象にぴったりなのは、土方さんだと思う。鬼の副長の名は伊達ではない。彼は修行熱心だ。が、私を道場へ行くように指示を出したのは土方さん自身で、その土方さんより鍛錬熱心なひとなんて、他には…


「あ、」


道場の、僅かに開いた扉からは微かに木刀を振る静かな音が響いていた。静かな、しかし鋭い音。
負けず嫌いで、土方さんにも劣らない剣の達人がいたのを漸く思い出した。


「沖田隊長…」


私の直属の上司だった。いつも我が儘で振り回されるばかりの困った上司。昼寝、サボリ、規則破りの常習犯な沖田隊長がこんな熱心な鍛錬を(しかも元旦に)行っているところをみるのははじめましてかもしれない。が、彼は真撰組一といわれる剣の腕前なのだ。それによく思い返してみると、今朝から宴会場に彼の姿はずっと無かった気がする。


(真剣な目)


雑念を全て断ち切り、木刀を振り下ろすことだけに専念したその眼差し。いつになく真面目な表情にどきりとしてしまった。私は息をすることすら忘れて、その動作に見入った。が、不意に隊長は動きを止めて振り返った。


「覗きたァいい趣味してんなァ」

「…!」

「ばれてないとでも思ったんですかィ」


しっかりと、私が立つ方へと声をかけた隊長は気づいていたらしい。おずおずと姿を現したわたしに、問いかけた。


「あんた、今日は忙しかったんじゃなかったんですかィ」

「その…土方さんに、呼んでこいっていわれて」


ちいさく言葉を紡ぐと、沖田隊長は呆れたように溜め息をついた。


「あーあ、うぜーな土方コノヤロー」


それから木刀を仕舞い、手拭いで汗を拭った彼は、硬直したままの私の前に立ってこちらを見下ろす。


「初詣は?」

「は、初詣…?」

「行ったのか、行ってないのかって聞いてるんでィ」


急な質問になぜかどもった。忙しくて初詣なんかまだにきまっている。私が急いで首を横に振ると、なぜか若干満足そうに沖田隊長はにやりと笑った。


「じゃあ、10分後に玄関な」

「え…!?」


未だに状況を掴めていない私に痺れをきらしてか、隊長は乱暴に私の頬を抓る。いたい、地味に痛い。


「どうしてもなにも、一緒に初詣行くっていってんだろ。遅れたら、許さないぜィ」


私が返事をするのを待たずに、隊長は道場を出て行こうとした。何か考えがあったわけではない、でも私は隊長に何か言わなければならない気がした。


「たっ、隊長!」


急いで声をかけたら、彼は怪訝な顔で振り向り向いた。


「あの、元旦早々お疲れ様です」

「…ああ」

「こ、今年も、よろしくお願いします!」


軽く頭をさげた私に、沖田隊長は、笑って今度こそ出ていった。


(元旦から道場で鍛錬、それはもしかしたら私の仕事が終わるのを待っている口実だったのかもしれない。土方さんは気を使って私を道場へよこしたのかもしれない)


私はまだ保護されている立場だ。人が多い日に一人歩きは避けるよういわれていた。だから、初詣に誘ってくれたのかな、なんて。

それは自惚れかもしれないが、それでも嬉しいと私は頬を弛ませた。こき使われたり意地悪されたりばかりだが、なんだかんだで沖田隊長は私を認めてくれている――…そう思うと、ちょっとだけ心が暖かくなった。


さて、10分後の待ち合わせまでに急いで支度をしてしまおう。



元旦/080104




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