5 土方副長に渡されたものを持って、私は隊長の部屋の前で深呼吸していた。 「隊長失礼しますッ!」 ノックもせず、言うと同時に勢い良く戸を引いた。足音で気づいているかと思えば、そうではなかったらしい。隊服を着くずし、正に今着替えますといったところだろう。突如戸を開けた私にびっくりしたように目を見開き、それから口を歪めて笑う。 「…異性の着替え中に堂々と入ってくるとは、大胆ですねィ」 ――お言葉の通りです。 流石に一瞬慌てたが、でもここではぐらかされるわけにいかない。 「ご、誤魔化さないで下さい」 隊長の着替え姿がなんだ、男の体なんぞ見ても楽しくない!と自分に言い聞かせて、私は無理やり隊長を睨みつけ(しかし顔に熱が集まる)、先ほど土方副長から預かったものを押し付けた。 「いらないでさァ、そんなもの」 隊長はきっと、中身が何かわかっているのだろう。嫌な顔をした。 「でも怪我してるんでしょ、治さないでどうするんですか!」 それでも応じようとしない。と、隊長が顔を背けた拍子に、はだけた服の隙間から白い包帯がほどけかかっているのが見えた。脇腹のあたり。 包帯するほどの怪我なのだ。それを隠して、彼は一人で背負い込むつもりか。そう思うと、居ても立ってもいられなくなる。 「失礼します!」 私は、隊長の隊服を無理やりたくし上げ、怪我の治療に取りかかった。 「――意外に、手慣れたもんですねィ」 消毒して、薬を塗って、新しい包帯を巻いて。我ながら手際良く進み、隊長が関心したように言った。 「どうせ不器用とでも思ってたんでしょ」 「いや、今でも思ってやすぜ」 最初こそ抵抗されたものの、古い包帯を剥がすと大人しくなった。そこには刀に引っ掛けられたのだろう傷が、まだ生々しく残っており、痛々しかった。 と言っても、ちゃんと医者に診てもらったらしい。土方副長に渡されたのはそのとき処方された薬だという。 「隊長、私は隊長がどんなものを背負って、どんなものと戦っているのかは、わかりません。でも――」 例え命に別状が無くても、これは相当痛む傷だろう。それを顔色ひとつ変えずに耐えるのは、かなりきつい筈。それをやってのける隊長が、見ていられなかった。 「一人で無理しないで下さい。みんなに言えないことなら私が聞くし…まぁ役にたちませんけれど。でも、愚痴聞くくらいはできます。沖田隊長は弱み見せるみたいで嫌なのかもしれないけれど、隊長が無理して怪我したら、みんなに影響があります。だから…無理しないで下さい」 人の上に立つ、自分はそういった経験がない。正式な隊士でもない。だからこんなの綺麗事にしか聞こえないかもしれない。でも、わかって欲しかった。 「生意気いいやすね、人質のくせにな」 「…すいません」 「あんた、心配しすぎでさァ。どうせ山崎あたりに何か吹き込まれて、びびったんだろ。こんなの掠り傷だから、気にすんな」 こんなんで騒いでたら、春雨に太刀打ちできやせんぜ、とおどける隊長はいつもの隊長で、安心した。しかし私が心配しすぎだと、隊長は言う。 「なんか、さっき茶色くんも同じようなこと言われました…私ってお節介ですかね…」 お節介だとか、言われたことない。でもこうも立て続けに心配しすぎだと言われたら、そうかもしれないと気に病んでしまうではないか。でも今回は、山崎さんと副長に煽られた気がするんだけど。 ぐるぐると考えていたら、沖田隊長がきょとんとした顔で繰り返した。 「茶色くん?」 「ええと、一番隊の茶髪の人いるじゃないですか。あの人とさっき縁側で――」 茶色くんというのは勿論、私が勝手につけたあだ名で、沖田隊長にわかる筈がない。苦笑しながら説明をはじめると、隊長は何故か面白く無さそうな顔で遮る。 「名前、そいつと仲良いんですかィ?」 「え…まぁ、親切にしてくれるし」 ふうん、と適当に相槌を返され、会話が途切れた。え、なにコレ気まずい。 しかも包帯も巻き終わり、手持ち無沙汰になってしまった。何か気の利いた話題でも、と言葉を探す私に、隊長がぽつりと呟いた。 「お前は、俺の命令が最優先だってことを、覚えておけよ」 …よく意味はわからなかったけど、隊長のご機嫌が治ったようだったので、よしとしようと思う。 |