土方副長に渡されたものを持って、私は隊長の部屋の前で深呼吸していた。


「隊長失礼しますッ!」


ノックもせず、言うと同時に勢い良く戸を引いた。足音で気づいているかと思えば、そうではなかったらしい。隊服を着くずし、正に今着替えますといったところだろう。突如戸を開けた私にびっくりしたように目を見開き、それから口を歪めて笑う。


「…異性の着替え中に堂々と入ってくるとは、大胆ですねィ」


――お言葉の通りです。
流石に一瞬慌てたが、でもここではぐらかされるわけにいかない。


「ご、誤魔化さないで下さい」


隊長の着替え姿がなんだ、男の体なんぞ見ても楽しくない!と自分に言い聞かせて、私は無理やり隊長を睨みつけ(しかし顔に熱が集まる)、先ほど土方副長から預かったものを押し付けた。


「いらないでさァ、そんなもの」


隊長はきっと、中身が何かわかっているのだろう。嫌な顔をした。


「でも怪我してるんでしょ、治さないでどうするんですか!」


それでも応じようとしない。と、隊長が顔を背けた拍子に、はだけた服の隙間から白い包帯がほどけかかっているのが見えた。脇腹のあたり。
包帯するほどの怪我なのだ。それを隠して、彼は一人で背負い込むつもりか。そう思うと、居ても立ってもいられなくなる。


「失礼します!」


私は、隊長の隊服を無理やりたくし上げ、怪我の治療に取りかかった。


「――意外に、手慣れたもんですねィ」


消毒して、薬を塗って、新しい包帯を巻いて。我ながら手際良く進み、隊長が関心したように言った。


「どうせ不器用とでも思ってたんでしょ」

「いや、今でも思ってやすぜ」


最初こそ抵抗されたものの、古い包帯を剥がすと大人しくなった。そこには刀に引っ掛けられたのだろう傷が、まだ生々しく残っており、痛々しかった。
と言っても、ちゃんと医者に診てもらったらしい。土方副長に渡されたのはそのとき処方された薬だという。


「隊長、私は隊長がどんなものを背負って、どんなものと戦っているのかは、わかりません。でも――」


例え命に別状が無くても、これは相当痛む傷だろう。それを顔色ひとつ変えずに耐えるのは、かなりきつい筈。それをやってのける隊長が、見ていられなかった。


「一人で無理しないで下さい。みんなに言えないことなら私が聞くし…まぁ役にたちませんけれど。でも、愚痴聞くくらいはできます。沖田隊長は弱み見せるみたいで嫌なのかもしれないけれど、隊長が無理して怪我したら、みんなに影響があります。だから…無理しないで下さい」


人の上に立つ、自分はそういった経験がない。正式な隊士でもない。だからこんなの綺麗事にしか聞こえないかもしれない。でも、わかって欲しかった。


「生意気いいやすね、人質のくせにな」

「…すいません」

「あんた、心配しすぎでさァ。どうせ山崎あたりに何か吹き込まれて、びびったんだろ。こんなの掠り傷だから、気にすんな」

こんなんで騒いでたら、春雨に太刀打ちできやせんぜ、とおどける隊長はいつもの隊長で、安心した。しかし私が心配しすぎだと、隊長は言う。


「なんか、さっき茶色くんも同じようなこと言われました…私ってお節介ですかね…」


お節介だとか、言われたことない。でもこうも立て続けに心配しすぎだと言われたら、そうかもしれないと気に病んでしまうではないか。でも今回は、山崎さんと副長に煽られた気がするんだけど。
ぐるぐると考えていたら、沖田隊長がきょとんとした顔で繰り返した。


「茶色くん?」

「ええと、一番隊の茶髪の人いるじゃないですか。あの人とさっき縁側で――」


茶色くんというのは勿論、私が勝手につけたあだ名で、沖田隊長にわかる筈がない。苦笑しながら説明をはじめると、隊長は何故か面白く無さそうな顔で遮る。


「名前、そいつと仲良いんですかィ?」

「え…まぁ、親切にしてくれるし」


ふうん、と適当に相槌を返され、会話が途切れた。え、なにコレ気まずい。
しかも包帯も巻き終わり、手持ち無沙汰になってしまった。何か気の利いた話題でも、と言葉を探す私に、隊長がぽつりと呟いた。


「お前は、俺の命令が最優先だってことを、覚えておけよ」


…よく意味はわからなかったけど、隊長のご機嫌が治ったようだったので、よしとしようと思う。




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