江戸。それはこの国の中心地にして天人の蔓延るハイテク都市。
近年、栄える江戸に比例して廃退した地方からの出稼ぎのものが多く、それが幕府の悩みの種ともなっているとかいないとか。
そんな江戸に、私――名前は晴れて上陸を果たしたのだった。




第一話




ターミナルはでかい。人は多い。過疎化の進んだ私の故郷ではまず見ない光景だ。いかにも田舎ものという心境で私は手に持った荷物をおろし、感嘆の息を吐く。うん、なんか凄く都会に来たってかんじ。心は浮き足立っていて、今にでもスキップで駆け出したい気分。だってはじめての江戸。田舎ものにとって、江戸は憧れの街なのだ。


(でも、来たところで行き先も何も決めてないんだよなあ)


所持金も少ない。ここへ来る為に貯金は全額下ろしてしまったので、今の財産は手持ち限りだ。(大半が江戸へのチケット代に消えた。凄い高かったのだ)

それはさておき。きょろきょろと辺りを見回す。折角江戸に来たのだもの。仕事と住居も探さないとならないが、まずは観光!
すると、数メートル先の人だかりが目に入った。


「ただいま現場に着きました!犯人は未だに立てこもっている模様です!」


物騒な言葉を発する女性。周りには沢山のカメラ。あ、見覚えある。うわ、あれ花野アナじゃない?凄い!さすが江戸!テレビでしかみたことなかった!
その花野アナはカメラに向かってしきりに状況を捲くし立てていた。この様子だと、なにか事件が起こっているようだ。と、その時。黒い覆面の男が一人、建物から出てきたと思ったらこちらへ向かって走ってきた。

人だかりが一層、騒然とざわめく。
花野アナは興奮したように叫んだ。


「犯人が今逃亡しました!市民の皆さん気をつけてください!犯人、逃亡中です!!」


状況を察することができず、私は立ちつくしたまま走り来る覆面男を見つめる。
男とぶつかる――と思ったその瞬間、一瞬で男は背後に回り、硬直する私の首筋に”なにか”を押し付けた。


「動くなァ!この女がどうなってもいいのかァァァ!!」


大きな叫び声が耳元で響き、思わず目を瞑る。ちょ、鼓膜が破れそう!人の耳元で叫ぶのはやめてぇぇ!
そして、それに張り合うように叫ぶ、花野アナ。


「ご覧下さい!少女が人質になっています!!」


…え、人質?
首筋にひやり、と冷たいもの。私はワンテンポ遅れて、首筋に当てられたそれを見る。
男の太い腕で体が固定されていた為によくをることはかなわなかったが、どうやら円形の筒の端が押し付けられているようだ。鉄のような硬さで、きっとL字形。引き金を引くと火薬が爆発して、テレビドラマなんかでよく刑事さんが持っていて、ヤクザさんとかが横流しとかしてたりするような代物。
――もうこれ、名称いわなくてもよくね?


「銃です!犯人は銃を持ってます!!」


め、名称いうなよ!言ったら現実味増すから!!でも大丈夫だ、落ち着け私。本物なわけがない…!
しかし犯人の追い討ちをかけるかのような言葉。


「これは本物だ!この場の誰か一人が不審な行動をとるだけで、この女は死ぬぞ!!」


(本物なのかよ!!!?)

本来ならば直接この覆面男に突っ込みを入れたいのですが、何分小心者なのでそれは心の中だけに抑えておこうと思います。はい、チキン。
完全に引きつった顔で辺りを見渡せば、カメラ軍が一斉にこちらへ向いていた。


「銀行強盗犯はそのまま一人の女性を人質にし、捕まった仲間の釈放を求めている模様です!」


あのーすいません、花野アナ。それ全国放送ですか?おとーさんおかーさん!私、無事に江戸に着いたよ!今のところは!!先立つ不幸をお許しくださあああい!!!

それにしてもなんて私は器用なんだろう、と私は薄れ行く意識の中で思った。


(江戸に来てすぐに人質にされるなんて、早くも江戸を堪能させてもらった気分だわ…日常からこんなにエキサイティングなのね、都会は)※違います






×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -