「私の先生の、御用達だった鍛冶屋さんなの」

「先生?」

「ええ、剣術の先生。昔、習っていたのよ」


原田は千夜の言葉に、先程の出来事を思い出す。

鍛冶屋と千夜は知り合いだったらしく、互いに再会を喜び合った。
鍛冶屋は、今はもう商売をしていないのだという。若い頃はそれなりに繁盛し、年を取って隠居してからも噂を聞いてやってくる客は居たらしいが、ちょうど千夜の先生とやらとの繋がりが切れてからはすっかり俗世とは離れた生活をしていたらしい。


――無理は承知です。おじさまに、研いでいただきたいのです。


千夜は、風呂敷に包まれたそれを鍛冶屋に手渡した。懐刀だった。
漆塗りの簡素なデザインのものだ。しかし、恐らくかなりの値打ちものであることは明らかだった。

鍛冶屋は息をのみ、二つ返事で承諾した。廃業はしていたが設備は整ったままで、いつでも仕事は開始できる状態だという。
彼は千夜の身の上を知っているのだろう。何度も来ることはできないだろうからと。日暮れ前には終わらせると言い、奥の作業場に消えていった。


「女が剣術ってのも聞かなくはないけど、あんたがやってたっていうのはびっくりだなぁ」

「そうかしら。これでもかなり、強かったのよ。昔、道場破りを撃退したこともあるの」

「ええ、本当かよ?」


平助は無邪気に千夜と会話している。しかし原田は、千夜のことを知る程底知れない沼を覗き込んでいるような気分になった。徐々に増していくその気持ちに耐えきれず、ついに原田は口を開く。


「なぁ…千夜さん、あんた一体…」


しかし言葉の途中で、遮られた。
小屋の戸を乱暴に開いた男たち。彼らは千夜を見つけ、薄ら笑いを浮かべた。






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