ことの顛末は、こうである。

美女――千夜さんは由緒正しいとある武家の娘さんで、お忍びで町へ来ていた。しかし、お付きの者とはぐれてしまい、そこを彼女の正体に気付いた浪人たちがお知った。千夜さんが逃げているところを斎藤が助けた、と。


「斎藤くんすげーじゃん!」


まるで英雄活劇だ。襲われる良家の娘を救う浪人。平助が目を輝かせるのも無理はない。
だがすぐに、奇妙さに気が付いた。斎藤が千夜さんを助けたのはいい。でもその話の流れならば、千夜さんは斎藤にお礼をしたいと二人で茶屋に入り、いい感じになるのがお約束である。
が、今彼女は原田たちを呼び出し、不機嫌そうに顔をしかめているのだ。原田は、首を傾げた。


「…俺たちが呼ばれた理由はなんだ?屋敷まで送り届けて欲しいのなら、斎藤一人で十分だ」


すると斎藤が、首を横に振った。


「いや…違う。彼女を助けたのは、昨日の話だ」

「…は?」

「だからここまでの話は、全て昨日の話だ」

「そもそも、私は斎藤殿に助けて欲しいと頼んだわけではないのです。昨日は一人で帰りましたし、今日も一人で来ましたから」

「おいおい、襲われたばっかでそれは不用心だろ。襲ってくれと言っているようなものだ」

「いや、案外それが目的だったりしてな」


平助が軽口を叩く。理解ができないこの状況、千夜の存在に思わず魔が差したのだった。流石にそれは彼女に悪いと、原田は口を開きかける。

だが、次の瞬間。
平助のその喉元に、キラリと光る何かが、突きつけられていた。


「私が大丈夫といえば、大丈夫なのです」


それは、簪だった。見れば彼女の頭に飾られていた一本が、いつの間にか引き抜かれている。
突きつけられた平助はもちろん、原田や斎藤も彼女の行動に目を丸くした。いや、するしかなかった。事態が把握できなかったのだから。

――見えなかった。

千夜が簪が弾く抜くのも、それを平助に突きつけるのも。簪といえども、場合によっては凶器に違いない。それを喉元に突きつけられるまで、三人は彼女の動きを認識できなかった。


「よろしいですか?私は貴方たちを雇いたいと言っているのです。是か否か、答えなさい。話はそれからよ」


彼女の剣幕に、平助は思わず頷く。
三人はもう、彼女をからかったりはしなかった。





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