艷やかな黒髪、白く透き通るようなきめ細やかな肌。そして、紫苑の瞳。整った顔立ちの、どきりとする程美しい女性がそこに居た。
身なりも良く、素人目にも彼女の纏う衣が高級品であることがわかる。その姿はまるで絵巻から飛び出してきたどこぞの姫君のようであり、間違っても江戸界隈の萎びた蕎麦屋で拝むことができるようなものではなかった。

思わず目と口とを開けっ放したまま放心していた二人の名を、斎藤は呆れたように呼ぶ。それで我に返り、促されるままようやく口を開いた。


「・・・おいおい、斎藤くんも隅に置けないなぁ」

「・・・駆け落ちの相談なら早く言ってくれねぇと、準備が足りないぜ」


それでもどこか表情は硬く、彼女から目がそらせない二人である。その言葉に、ぎょっとしたのは斎藤だ。斎藤は目を見開き、さっと彼女に視線を送り、慌てたように腰を浮かせた。


「ぶ、無礼なことを言うな!彼女はさる武家の――ッ」

「斎藤殿」


鈴を転がしたような声が、小さく響き斎藤の言葉を遮った。斎藤は彼女を振り返り、原田と藤堂もまた女に視線を向ける。彼女は少しだけ、綺麗な形の唇を緩めた。その一連の、僅かな仕草に彼女の華やかさが際立った。
彼女の唇が徐に開かれる。その吐息ですら、花の薫りがするのではないかと思わせた。けれども、飛び出したのは驚く程に冷ややかな言葉だった。


「本当に彼らは、貴方の言うような剣客なのかしら?」


その挑戦的な視線は、値踏みをするように原田と藤堂に向けられている。すぐ反応したのは、藤堂である。


「な、どういう意味だ?!」

「どうもこうも、そのままです。私には貴方たちが、話に聞いていた剣豪には見えなかったから」

「見た目で判断してんじゃねえよ!俺たちは立派に試衛館の――」

「落ち着け平助!」


声を荒げた藤堂を、原田は咄嗟に宥めに入る。取り押さえられ、藤堂は不服そうな顔のまま再び腰を落とした。斎藤は、緊張した面持ちのまま動かない。
女は、怒鳴りつけられても顔色ひとつ変えなかった。それどころか、じっとその様子を見ていた女は、口元に手を当ててからからと笑った。


「そんなに言うのなら、結構だわ」


それから居住まいを正し、一瞬顔を伏せる。そして改めて二人を見据えた彼女の瞳は、気迫さえ感じる真剣な色を灯していた。


「申し遅れました。私は千夜と申します。貴方たちを雇いたいの」


130620



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