いついつまでも君健やかであれ 「ごめんなさい、千景・・・・・・急にこんなことになってしまって」 「千夜、謝る必要ないわよ。知ってる?最近ではね、女性の権利を求める運動が活発なの。今まで女が必要以上に虐げられていた事の方が、おかしいのよ」 「ですが・・・千景にお守りを任せるなど・・・」 「問題ないわよ。だってずっと子どもを欲しがっていたのは風間の方だもの。ねえ?」 それが一刻前の話であり、怒涛の一日の始まりだった。唖然とする千景の前で、千姫はあれやこれやとまくし立てた。そして手際良く荷物を纏めると、千夜の手を引いて出て行ったのだった。 残されたのは千景と、膝の上の幼子である。 「ふむ。第二子の妊娠で酷い悪阻を起こし、尚且つ子育てに追われ・・・倒れたところに千姫様が現れて、休養を促したと。そして千夜様は御子息を置いて、連れて行かれてしまったわけか」 「わかりやすい説明ありがとよ。だが天霧、そんな理由はいらないだろ。この状況どうすんだ」 「だからお前たちを呼んだのだ。察しろ」 「察せねーよ・・・」 切羽詰まった様子の千景に呼び出された天霧と不知火も、事態を知ると顔色を変えた。無粋な鬼が三人、いずれも子どもの扱いに心得があるわけない。 千夜と千景は、乳母を設けていないのだ。それは敵の多い風間の弱点として利用される可能性を忌避することと、他人でなく自分で育てたいという強い思いからである。 それが、裏目に出た。千夜がいない今、赤子を放置するわけにいかない。 「しかし、風間と子どもって似合わねえよなー。お前、子どもの相手したことないだろ。よし、俺に任せておけ」 膝の上でうごめく赤子を、抱き上げたのは不知火である。子守をしたことはないが、相手をしてやったことは何度かあった。赤子なんて、抱き上げてあやしてしまえばどうとでもなる。――しかしすぐに、後悔した。 「いてぇ!!」 赤子は、不知火の指に噛み付いたのだ。赤子とはいえ、鬼の子。加減を知らない為に、軽く食いちぎられそうな威力だった。 「任せておけと、偉そうに言っておきながら・・・」 思い切り噛み付かれた不知火が叫んだせいで、驚いた赤子が泣き出す。見かねた天霧が不知火の手から赤子を受け取りあやすも、泣き止みそうになかった。 わんわんと、火のついたように泣き続ける赤子に、天霧も途方にくれる。この子を抱いたことは何度もあるが、千夜が居たからか、このように泣かれたことはない。 「風間・・・・・・きっと父親がいいでしょう」 一連の騒ぎを見守っていた千景に、赤子を手渡した。千景は己の子をじっと見つめ、小さく息を吐く。赤子には、自分と妻、双方の面影がよく見て取れた。 「泣くな。男子だろう、俺の子がそんなに泣くのではない」 胸に抱き、ぽんぽんと背を叩く。すると、しゃくりあげながら漸く泣き止んだ。 「お、泣き止んだ」 「やはり父親は違うな」 泣く子を怒鳴りつけそうな千景の、意外な父性に不知火と天霧は関心した。そして、このお守りはどうにかなるのでは、という楽観的な思考が沸き上がる。 しかし、そうは問屋が下ろさない。 「なぜ・・・・・・また泣き出す」 再び泣き出した赤子は、今度はいくら千景があやそうとも、泣き止まなかった。三人が代わる代わる、様々試して機嫌を取ろうとするも、上手くいかない。 「おしめではない、ですね」 天霧が疲れたように確認する。首を捻る彼の横で、不知火がぽつりと呟いた。 「・・・腹、空かせてんじゃねーの?」 その言葉に、あっと揃って声を上げた。 どうやらそれは、正解だったらしい。千夜の残していった作り方を見ながら、離乳食を与えると、彼は大人しくなった。 「流石だな不知火。無駄なことばかり知っている」 「無駄とかいうな、役に立っただろうが」 疲れた様子の不知火は、千景の膝に座る赤子を眺めた。可愛らしい顔立ちだが、どこか素直に可愛がれないのは、この男の子どもだからだろうか。 「それにしても、俺たちが赤子一人にここまで振り回されるとはなぁ」 「ふん、俺の子だ。将来有望ということだろう」 「風間。親ばかは大概にしておいたほうが良い、見苦しいですから」 腹が満たされたせいか、赤子はすやすやと寝息を立て始めた。顔を見合わせ、ゆっくりと布団へ寝かせる。 願わくば、千夜が帰宅するまで大人しくしてくれ、と祈りながら。 130114 |