未だ何一つ変わらないもの 「あらあら、久寿には悪いことをしてしまったわね」 遠出から帰宅した両親を、出迎える。留守中の訪ね人の話を聞いて目を丸くしたのは、母であった。 両親の古くからの友人である天霧小父が、父を訪ねてきたのだ。すっかり忘れていたようである当の父は、そんな約束したか、と惚けた様子で押し黙る。 「あなた、先約があるなら私など放っておいてくれても良かったのに」 「それはできぬ。千夜を一人旅に出すなど」 「まぁ」 父の傍若無人ぶりは今さらのことだ。そして、もう三十年近く連れ添っている夫婦の仲睦まじさも相変わらずである。放っておけばそのまま二人の世界が展開する。たまらない、と俺は話題を振った。 「で、母上。千姫様はどうだったんだ?」 千姫様は、母の友人であり京に住む女鬼。俺も幼い頃から世話になっていたりする。実に高貴で美しく、そしておっかない女性である。 「お嬢さんも素敵になられて、あとは婿を取るだけらしいわ。おてんばすぎて、なんて聞いていたけれど昔の千姫にそっくり」 「ふん。あれはどう考えても強請りだろう。長男を婿に寄越せとな」 「あら、気づきました?」 「あれだけあからさまに話を振られたら、わかる」 どうやら、今回の話題はそれだったらしい。千姫様の家は昔から女が継ぐ。今代の跡取り娘は、もう婚期を迎えていた。そして風間の長男――俺の長兄もまた身を固めておらず、婚期を逃しかけというところだ。 「へぇ、兄貴をねえ」 薫さんの言葉がちらりと頭を掠めた。 ――長男を寄越せと煩い女もいる。 あれは千姫様のことだったか。 「あなたも人事じゃないですよ。ふらふら遊びまわっているばかりでは、頭領には成れないわ。お父さんだっていつ倒れるかわからないのだから」 「千夜、俺はまだ現役だ」 「けれども昔の貴方よりは、キレが落ちたわ」 母の言葉に、父はむっとしたように眉を寄せる。しかしすぐに、にやりと口元を歪めた。 「今夜にでもその身体に思い知らせてやろう、俺がまだ若いとな」 「いやですわ、もう千景ったら」 俺は別に、弟も妹も欲しくないのだが。 良い年して頬を赤らめる母と、やや獰猛な目つきで妻を見つめる父に溜め息を吐く。 すっかり鬼の間では有名な鴛鴦夫婦だが、子の立場からするともう少し落ち着いて欲しいものであった。 120904 |