私に敵うとお思いか


意地が悪いとはこの男のようなことをいうのだろう。俺は彼に会う度に思う。性悪で、ひねくれ者で、手に負えない。彼をどうにかできる者は、世界広しといえども母か伯母だけだ。


「伯父上・・・・・・・・・いや、薫さん」


上座でこちらを見下ろす男に、話しかける。彼は扇子をばちんと閉じると、口を歪めて言い放った。


「つくづく、お前が姉上の子でなかったら殺してしまいたいと思うよ。忌々しいほど風間に似ている。よく来たね、末の甥」


殺気じみた覇気は常のものであるし、物騒な挨拶は毎度のことだ。俺は大して反応せずに、もてなされたことに礼を述べた。
この男の名を南雲薫という。母の従兄弟で俺の伯父、そして南雲家の頭領。

元は母や伯母千鶴の旧姓と同じ雪村姓だったらしいが、南雲を名乗っていることから一目瞭然なように、彼の人生も波乱に満ちたものであったようだ。詳細は聞いていないが、他の鬼の一族から疎まれていることや、南雲家には彼以外いないことから大体事情は飲み込める。
また、基本的に大の人嫌いである彼は結婚もしていない。代わりに跡継ぎとして、俺の二番目の兄を養子とする話が進行しているらしい。


「兄上は、薫さんによく世話になっているんだってな。母さんが宜しく言えってさ」

「君の次兄はなかなか見所があるよ。あいつだったら、南雲の養子にしても良いと思ってね」

「兄上は薫さんと波長合うみたいだし、そうしてくれると嬉しい。うちには男が三人いるが、跡目を継げるのは一人だ」


薫さんは、それを聞くと目を細めた。意地悪く唇が弧を描く。


「お前は心配ないだろう。跡継ぎと決まってるんだから」


その言葉は、鋭く突き刺さった。人が悩んでいる部分を狙って、この伯父は傷口を抉るのが好きらしい。


「・・・そうはいかない。親父が俺にっていうなら跡は継ぐが、兄や姉と禍根を残すのは嫌だ」

「兄弟とはいえ跡目争いでは敵じゃないか」

「もう、時代が違う」

「そういう所が、姉上に似ていて腹立たしい」


俺には鬼として優れた力を持つ兄と姉がいる。けれど、俺が生まれるとすぐに、父は俺を跡継ぎと定めてしまった。
次期頭領として育てられた俺は、幼い頃から兄姉とは周囲からの扱いが異なっていた。疎まれて当然である。しかし、兄姉らに恨まれた記憶がない。きっと年が離れていたことと、俺たちを育て上げた母の存在があったからだ。


「薫さんこそホント、作りはそっくりなのに千鶴ちゃんとは似つかないよな」


双子の筈の伯父と伯母の差は、明らかに男女の違いだけでは説明がつかない。昔は、それこそ男女の差も希薄だったので、見分けがつかなかったらしい。
もちろん、動かなければだ。動けばわかる、怖い方が薫さんだ。


「千鶴ちゃんはすごい優しいし可愛いのになァ」

「千鶴が素晴らしいのは当然だよ。俺の妹だからね」


伯父は、伯母が大好きである。本人を前をすると厳しいことばかりいう癖に、裏ではぞっこんだ。隠せてないけれど。

けれども二人が普通の兄妹になるまでかなりの時間を必要とした。俺が生まれる前の話。母から聞いた、長い物語の中のひとつ。
今でこそのんびりと暮らしている鬼の一族だが、母の生まれた時代は何かと過酷だったという。伯父と伯母はその余波をもろに受け、わだかまりを長い間解消できずにいた。

(だからね、あなた達には仲良しの兄弟でいて欲しいの)

柔らかな母の声が、今も鼓膜に焼き付いている。


「お前は心配しなくても、姉上は全部考えているさ。次男は南雲を次ぐとして、お前の姉もいずれ嫁ぐ。長男をぜひ婿にって、ずっと煩い女だっているんだから」

「そう・・・そうか」

「そうだ。だからお前も、末子だからといって甘えるのはやめなさい。風間を継ぐ他に選択肢はない。・・・それにお前が来ると、俺が千鶴と居る時間が減るから邪魔なんだよ」


今や日本全国の鬼を束ねる風間家。跡継ぎでなくとも、その子どもたちは貴種として重宝される。収まるべき場所に、収まる。
伯父の言葉はすとんと、俺の胸へ落ちてきた。そうか、そうだ。気にすることは、ないのか。


「薫さんは、相変わらず千鶴ちゃん大好きなんだから」


面倒だ、邪魔だ、嫌いだと。
繰り返しながらもこうして、お茶の相手に呼び出してくれる伯父を俺は嫌いではない。素直じゃないが、彼は彼なりに俺たちを想ってくれているのだ。


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