伴侶


「新年から、ご苦労様でした」


年が明けて早くも一週間が過ぎようとしていた。騒がしかった屋敷も静けさを取り戻し、自室でくつろぐ主人に私は三つ指をつく。
風間の頭首ともあれば、新年にゆっくりなど決してできない。それにしても、昨年はごたついてそれ正月どころではなかったので、今年の目の回るような忙しさに吃驚してしまった。
しかし忙しい、とはいえ頭首の正妻として迎えられた私に回ってくる仕事は限られている。だから、私が台所に立つだけで女中たちを困らせることも多々あった。
兎にも角にも、無事に正月という一大行事を乗り切ることができたのだ。


「俺よりも、お前の方が忙しかったろう。節料理など、女中に任せておけば良かったものを」

「この位は風間家の嫁として当然です」

「ふん――すっかり、嫁が板に付いたな」


私の返答が気に入ったのか、千景は満足気に笑んだ。優しく細めた目に見つめられて、自然と鼓動が早くなる。


「江戸の女はどうも気が強い。だが、それ位潔い方が風間の嫁に相応しい」

「…お淑やかではないと、叱られるかと思いましたのに」

「お前が大人しくない事は、出会ったときから知っている」


すると、千景は自然な動作で腕を持ち上げて私を招くような動作をする。その手に誘われるままに千景の近くへ膝を進めると、前触れもなく肩を抱かれ、一気に引き寄せられた。


「ち、ちか…げ」


あまりに突然なことに声を上げるが、千景は不意に真面目な顔をして、私の顔を覗き込む。整った顔を間近にして、思わず息を呑んだ。


「無理はしていないか?」


私は、鬼が嫌いだ。

その気持ちは風間家に嫁いだ今も、まだ心の底に沈んでいた。個人としての交流――例えば千景や天霧、千姫などの良くしてくれた彼らとはとてもうまくやっている。でもそれが"鬼"という集団としてのまとまりとなると、未だに恐ろしく感じることがある。
千景のことは愛している。でも頭首としての彼は恐い。矛盾はしているが、それが私の気持ちだった。

正月は、多くの鬼たちが集まった。千景は私の気持ちを正確に捉えくれている。だから、心配してくれたのだろう。
しかし千景が私を心配する、なんて珍しい。嬉しいやらおかしいやらで、頬が緩んでしまった。「…楽しくて、少しはしゃぎすぎてしまいました」


今度の返答は、予想外だったのだろう。千景は怪訝な表情で聞き返す。


「楽しい?」

「はい。里にいた頃はひっそりとしたものでしたし、勝家にお世話になっていた頃も、宴はご遠慮していましたから。こんなに賑やかなのは初めてで、楽しかったです」


確かに大勢の鬼たちに囲まれる宴席では、注目された。風間の正妻、そして雪村の血筋という肩書きの私に多くの羨望や期待の視線が送られた。
しかし、緊張はしたが不思議と不安はなかったのだ。それは言うまでもなく、伴侶と定めた男の存在が頼もしかったからだろう。


「こんなことで喜ばなくとも、いくらでも賑やかにしてやる」


千景の驚いたような表情は、いつの間にか柔らかいものへと変わっていた。


「俺の側にいれば、な」


そんなこと言われるまでもない。私に他に行くあてなどなく、心も既に貴方に捕らわれてしまっているのだから。
でも、こんな言葉こそ言う必要はない。
夫婦というものの間で、わかりきった事を聞くのは野暮というものである。

ただ私は笑んで、愛しい彼に寄り添った。


100108



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