恋じゃないならこれは愛


懐妊が発覚したことで、急ぎ里へ帰還せざるを得なくなった。
母体を思えば、遠く薩摩まで戻るよりそのまま東京で臨月を迎えた方が良い。しかし頭領の第一子、一族が待ち望んでいた子である。それならば、まだお腹が小さなうちに里へという話になったのだ。

私にとっても初産なので不安はあったが、傍らにいるのは千景だ。これ以上の護衛はいない。実に頼りになる夫を持ったものだと、口には出さないながらもしみじみと感じたものである。
東京に残ると告げた薫を残し、私たちは二人旅路を急ぐことなった。






(どうしてだろう…なんだか、緊張する)

夫のすぐ後ろを歩きながら、握りしめた手に力を加える。
実を言うと、全くの二人きりというのは初めてだ。お屋敷には女中たちをはじめ大勢が暮らしていたし、里へ向かう前は一度会ったきり。しかも、私は漸く千景と心が通じたと認識できたところなのだ。だから、どう接したらいいのか、私は戸惑っている。


「仲睦まじい新婚さんですこと」


この日の夜、利用した宿の女将さんに言われて、赤面してしまった。事実だが、全くの他人からもそのように見えているのかと、自覚すると恥ずかしい。


「私たち…ちゃんと、夫婦に見えるのですね」

「他に何に見える」

「そうですが、言われ慣れていなくって」

「似合いの夫婦だと、道行く者は皆、圧倒されているではないか」


彼は不敵に笑う。流石にそれはないと思うけれど、この美しい鬼に釣り合って見えているのならば、ひと安心である。
それより、と千景は目を細めた。


「千夜、お前は元々身体が弱い。辛いのであれば、すぐに言え」

「そんなに心配なさらなくても、私も鬼ですから」

「血を見ただけで気絶するくせに、よく言う。それに、俺の妻と子。心配するのは俺の勝手だ」


いつまでも慣れない私とは違い、当たり前のようにさらりと告げられる言葉が、こそばゆい。思わず、腹に手を当てた。


「痛むか」

「そういうわけでは…ただ、千景が望んでくれたこの子を、大切にしなければと」

「勘違いするな。お前の子だから、望むのだ」


優しく、千景の手が私のそれに重ねられた。そのまま、撫でられた腹にまだ膨らみはみられない。けれど、確かにそこに、新たな命は芽生えている。


「不思議なものだな。ここに俺とお前の子がいる」

「はい…」

「後悔はないか」


真剣な声に顔を上げる。紅い瞳が探るような色を灯していた。
不安がないといえば嘘になる。今でも思い出してしまうのだ、母のことを。もう悲しい連鎖を繰り返してはならない、子を産むなと諭された夜道を。
しかし、その度に私は婚姻の日のことも、思い返すのだ。


「千景が約束してくれたから、大丈夫。この子が男の子でも…女の子でも、守ってくれるのでしょう?」


もし女の子だったら。女鬼であったなら、この子が争いの火種となることは、十分にあり得る。
でも、私はもう逃げたくない。それに、今は女鬼である自身を誇ってさえいる。だって、そうでなければ彼に嫁ぐことはできなかったのだから。


「この子に会うのが、楽しみですわ」


私はもうすぐ、母になる。


120526



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